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「白い絹の直衣姿に、その髪……なまじの白拍子よりもよほど艶やかで美しい。桜の精でもこのような雅な美しさはないであろうに。しかも私と対等に話せる相手となると、夜桜の君をこの上もなく愛おしく思う」
一歩だけ下がった頼長様は立ったままの私の姿を、しげしげと御覧になられました。
何だかそれも面映ゆいような、しかし嬉しいような不思議な気持ちになりましたのも、一つの褥で夜を過ごしたからでありましょうか。
御邸に仕える女房殿ではなく――いえ、出自は私などよりも高貴な御家柄かも知れません。藤原氏嫡流の人が代々受け継いで来られた東三条邸ですので、選りすぐりの御方を集められていらっしゃると聞いておりました――姫などの女君はこういう時に扇を御使いになる気持ちが何となく得心した次第です。
「座って良いぞ……なるべくゆっくりとな」
櫛を手になさった頼長様は私の身体を気遣うような感じでずっとお見つめになられていました。確かに痛みは有りましたが、それ以上に身体の奥にまで頼長様の存在を感じた余韻がまだ残っているような幸せの方が大きかったのですが。
「かたじけなく存じます」
直衣などは――特に私のような取るに足らない身分ですので――独りでも着ることは出来ます。しかし、髪だけは他人の手を借りないと烏帽子を付けることは出来ません。烏帽子を含む冠を着けずに外に出ることなど有ってはならないことで御座います。
御堂関白道長様の側近でもいらした行成卿は内裏で実方卿に冠を投げ捨てられるという、有ってはならない屈辱にも涼やかに対応なさって、それを垣間見られた一条天皇が御感心の余り将来有望で気の利いた御方が任じられる蔵人頭に抜擢なさったと物の本にも、そして我が父も「ご立派な御振舞いだ。結光も……、身分が異なるとはいえ、そういう気持ちを持つことを願っている」と常々申しておりましたし、その教えを守るようにしてはおりましたが普通の御人でも冠を人前で外されたからには激怒して然るべき事柄で御座います。
そして、男女の逢瀬の時も冠は外さないものという仕来たりが御座います。
頼長様は同性同士の恋の道にも熱心な方だと仄聞しておりますので、褥を共にする方には冠を外して素肌を求めあうのがお好きなのかも知れませんが、そのような秘め事をむくつけにお聞き出来る筈も御座いませんでした。
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