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櫛で愛おしそうに髪を梳いて頂くのも、そして御自らが髪を桜色の陸奥紙を紙縒りにして束ねて下さることも、とても嬉しかったのです。頼長様ほどの御身分でいらっしゃれば、髪を結うのも、束帯や直衣をご着用なさる時は女房殿に全てお任せになられる筈で御座いましたので。
「夜桜の君、鸚鵡を見たことは有るか」
烏帽子を丁寧な手つきで着けて下さった後に、意外なことを仰られました。
「鸚鵡で御座いますか……。一条の帝の最初の中宮様でいらっしゃった定子様にお仕えなさった清少納言殿の『枕草子』に『鸚鵡、いとあはれなり。人の言うことを真似ぶらむよ』とお書きになられた、御鳥で御座いますか」
我が国にはいない鳥で御座います。清少納言様も書物でご存知だったのか、中宮様が御飼っていらっしゃったのかは浅学な私では分かりかねますが書物にしか出てこないのです。
「そうだ。唐土から取り寄せて私の普段使う部屋で飼っておる。
何故、人の言葉を真似ることが出来るのか私なりに考えてみたいと思ってな。
その好奇心から取り寄せたが、思いのほか愛らしい鳥だったので手ずから餌を与えている。
夜桜の君には見て貰いたいのだが、如何かな?参内の時刻には少し余裕が有るので、私の部屋に参らないか」
一も二もなく頷いた私は頼長様――私の単衣の上に無造作に薄紫――艶のある二藍(ふたあい)の直衣を結びことなく羽織っただけのお姿で勝手知ったるという感じで歩んでいらっしゃいます。束帯姿の時は浅黄色の下がさねの長さのせいでゆっくりとした動作しか御出来にならないのも道理でしたが――それこそ誤って踏んでしまったら大変で御座いますので――それよりも緩やかな歩みでいらっしゃったのは、私の身体を慮って下さったに違いありません。
頼長様のような位人臣を極められた御方は、取るに足らない身分の私などのことをお考えにならないと伺っておりましたが、この御方はそうではないようで御座いました。その証しに、桜の花が散っている夜明けが近い渡殿を歩みながら何度も振り返って下さって私の顔を案ずるように御覧になっていらっしゃいました。
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