第二章<結光視点>

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「瑠璃や、この度は私の愛しい客人を連れて参ったぞ。  夜桜の君と申す。分かるか、夜桜の君だ。その名前をとくと覚えておくが良い。  夜桜の君だ」  瑠璃と名付けられた鸚鵡は、確かに日の下には居ない鳥であるのが一目で分かるほど、鮮やかな色でした。 「よざくらのきみ」   人が発するのとは異なってぎこちない感じではありましたが、何を言っているのか充分分かる声を発しておりました。  驚きの余り目を見開いてしまった私に向かって「よざくらのきみ」と何度も繰り返しておりました。 「そうじゃ。  これからもそう呼ぶように。『よざくらのきみ』と。  これから度々訪れるであろうから、とくと覚えておくが良い」  文机の上に見たこともないほど立派な漆塗りと恐らくは唐土渡りの器でありましょうか、それを私に手渡して下さって「瑠璃に朝餉を与えて呉れぬか。瑠璃も気に入ったようであるから、の」とのお言葉と共に。  我が家では妹が猫を飼っておりますが、それゆえに鳥の――と申しましても私共の身分では雀などを飼うのが精一杯でしたが――扱い方は存じません。  恐る恐る朝餉を鳥籠――白銀作りの立派な物でした――を運ぶと、嬉しそうに「よざくらのきみ」と言いながら羽ばたいておりました。 「瑠璃も気に入ったようであるな」  頼長様も嬉しそうに微笑んで下さいました。 「先程、私の日記が『作り』日記だと申したが、禁裏での行事以外にこの瑠璃のことは正確に書いてある」  私がこの珍しい鳥――多分唐土の国、今では宋という国だそうですが、そこから大宰府を通して手に入れられたのでしょう。左大臣が愛でる生き物としては誠に相応しい珍しさと愛らしさでした――に朝餉の匙を、口と思しき場所まで差し出していると隣に佇んだ頼長様がそう仰いました。 「そうで御座いますか。このような舶来の珍しい鳥ですので記録に留めておく価値は充分に有ると存じます。書物でしか読んだことのない珍しき鳥を見せて頂きまして誠に嬉しく存じます。  しかし、他の鳥は人の言葉など囀りませんのに、この鳥はどうしてそのようなことが出来るのでしょうか……」  特に答えを求めたわけではなく、単に独り言の積もりで申し上げると頼長様はとても嬉しそうにお笑いになって下さいました。
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