第二章<結光視点>

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「私も不思議に思って色々と観察したり考えたりした。その結果、人間に似た舌の構造と肺腑のようなものが有るのではないかという結論に達したのだが。  雀でもちゅんちゅんと鳴くであろう。それよりもずっと大きな鳥なのでそういうことが可能なのかと思っている」  白銀の匙を持つ私の指をしげしげと御覧になった後に頼長様は怜悧さの増した御声で仰いました。 「舌で御座いますか。確かに人間も舌が無ければ声は出ませんので、ご尤もかと存じます」  朝餉用に用意されたものを全て上げた後にも、この世のものとは思えぬほど綺麗な羽根を広げて「よざくらのきみ」と声を出す様子をしげしげと眺めてしまいました。 「瑠璃も気に入ったようだな……、私と同じく」  頼長様はこの上もなく満足そうな笑みを浮かべていらっしゃいましたが、不意に顎を軽く掴まれて端整で男らしいご容貌が近付いて参りました。  目を閉じるのを忘れてそのお顔や瞳の涼やかな光――宴の席での時のように寂しさのような色がないのが嬉しかったのです――を見ながら惹きこまれるように唇を近付けてしまっておりました。  産まれたての朝の光りが射し込む広いお部屋――褥を交わした時のように女房殿の気配はないとはいえ――で口を重ねる行為だけかと思っておりましたが、頼長様の舌が私の唇を優しく濡らしては開けるようにと誘われて、唇だけでなく舌まで強い力で吸われました。  その余りの心地よさに気が遠くなってしまいそうでした。 「この桜の花の花弁のような綺麗な唇の色も朝露に濡れたように瑞々しい。  この瑠璃のように私の名前だけ申してくれれば良いのだが……」  頼長様の口説はまんざら戯れごとのようには聞こえませんでした。そういう御言葉を賜ってしまうと後朝(きぬぎぬ)の別れの刻限を延ばしたくなってしまいたくなりますが、そのようなことを申し上げるわけにも参りません。  素肌に纏った頼長様の単衣から漂う薫物の香りや二人の熱が――そして思い出すだに頬に血が上ってしまう夜の秘め事を受け止め続けた――衣を纏えることへの幸せが胸の中を桜色に染めていくような気が致しました。 「今宵、そちの邸に牛車を遣わす。御父君の官職は確か式部(しきぶ)(じょう)であったな?」
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