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桜の花弁が舞い散る渡殿と呼ばれる廊下を――何しろこの御邸は藤原氏嫡流の人のみが受け継いできた普通の御邸の二倍の広さと豪華さを誇ります――花霞でぼんやりとした光の中を歩むだけで夢見心地でした。このような場所に一生足を踏み入れることはない身分でもありましたので。
豪奢さと今様の新しさが見事に調和したこの御邸の見事な庭園を見ながら車宿りへと導かれて、桜の花が夢のように舞い散る中で、充分に贅を尽くしているものの、それとは分からぬように工夫された牛車に乗り込みました。
楓殿の雅び極まる見送りの作法に慌ててこちらも礼を返しながら。
牛車の中も――私の素肌に着けた単衣と同じく――頼長様の薫物の香りが致しました。
御身分と財力に相応しい高貴で慕わしい香りではありましたが、こう申してはお里が知れるようですが、特別に調合させて念入りに保存――土の中に埋めておくのが一般的です――させたお香ですので金子も私などが見たこともないほどかかる筈です。どの牛車にも焚いていらっしゃるとは到底思えませんので、頼長様の御心遣いとお指図が有ったのでしょう。
そのようなことを考えながら、昨夜の恥ずかしくもありましたが一つ褥を共にした甘く熱い感触が素肌だけでなく、頼長様を受け入れた身体の中まで思い出してしまっていることに一人頬を染めてしまっておりました。
「父上、ただ今戻りました」
頼長様のような高貴な御方は――ただ、世間の噂では頼長様とお父上の御仲はとても睦まじいと伺っておりますが――さて置いて、我が家では挨拶をするのが仕来たりで御座いましたので、父上のいらっしゃる寝殿に参ったところ、何だか心ここに有らずという風情の父上のお顔を拝見して内心驚きました。
「昨夜、左大臣様の御遣いの方がいらっしゃって『御子息を一晩預かる』と仰られたのだが……。そして我が家の牛車も戻して下さって。
左大臣様のような御身分の高い方の正式なご使者を迎えたのは生まれて初めてだったので、粗相がないか気に掛かっていた。
何か仰られてはおらなんだか……」
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