第一章

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 国司になれば四年間、都から離れることになります。女性が好んで読むと聞いている「更級日記」を徒然のままに読みましたところ国司であった父と共に任国へ下り噂に高かった、そして読みたいと熱望なさっていた「源氏の君の物語」すら手に入らない暮らしぶりだったようです。  それは時代が下がっても同じだとこよなく漢籍や和歌や管弦を愛する父が申しておりました。  任国への度は和歌に詠まれた有名かつ情趣の有る景色を見ることは出来ますが、前世の行いが悪ければ道中で盗賊に遭い代々受け継がれてきた書物すら盗まれてしまったという話も聞いていました。  「源氏の君の物語」は道長公の御息女でもあり、名君の誉れも高い一条帝の中宮様でもいらっしゃった彰子様も女房に朗読させなさって――高貴な家柄の方にとって書物は読むものではなく聞くものです――いたせいもあり、女性だけが読むと「仮名物語」でありながら私が尊敬申し上げてならない「三船の才」を道長公に称賛された四条大納言公任(きんとう)様もご愛読なさっていらっしゃったとのことですし、その後「栄華物語」や「大鏡」も仮名文字でありながら男性貴族が表立って読まれるのは、我が国の歴史しかもごく最近の出来事を知る為でもあったのでしょう。そして紫式部様がお書きになった物語のせいで男性も仮名で書いた書物への抵抗がなくなったのも大きな原因だと考えております。  道長公の事績を読むにつけ――公「も」三男として生まれながらも兄達がお亡くなりになった後に伊周公が驕り昂ぶった人も無げな御振舞や、道長公のお兄様でいらっしゃった道隆公が北の方の実家でもある高階家の人間を依怙の沙汰で重用なさって摂関家に近い家柄の御方や道長公・道隆公のご姉妹でいらっしゃる一条天皇をお産みなさった詮子様の激しい反感を買ってしまわれたことや、花山法皇様を下世話な言葉で申すなら騙して玉座から追い落として孫である一条帝を皇位につけようとの父兼家様の指図を忠実に実行なさった道長公の二番目の兄の道兼様とは異なり――極めて現実的かつ誰も文句のつけようのない「真っ当な常識さ」とでも申すのでしょうか、そういうお人柄を大変好ましく拝読しました。
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