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学校につき、教室に入る。
――と。
ふと、ある男子生徒が目に入った。
放課後、閑散とした教室。
未夏は友達のさそいを断り、彼の机の前に行った。彼は一瞬息をのんだかにみえたが、すぐ仏頂面にもどる。彼女はそのまま勢いで声をかける。
「ねぇ、私日直。教室しめる。はよかえって」
知らずカタコトになってしまった彼女の言葉からは、なにか緊張したものを感じる。男子生徒はばつが悪そうにして声を発する。
「は?」
誰だっていきなり言われたらそうなるだろう。
「えーと…」
これ以上は私のほうが保たないと考えていたらつい、なにごとか口走ってしまっていた。
「新芽、か。今は育ってないみたいだけど…枯れさせることはないようにね」
「……ん?どういうこと?」
「私もわかんないや」
なんだそれ、と彼は未夏と話して以来初めて微笑(わら)った。その表情をみた未夏は少しばつが悪そうになって、話題の転換を試みる。
「…えーっと。あんた、名前は?」
「在原鈴だ。もう10月だろ、名字くらいでもわかっとけ」
「在原鈴…在原くんね…て、そういうからには私の名前、わかってるんでしょうね?」
そこで彼―鈴―はぐっ…と黙りこみ、小声で、
「…わるい、女子の名字は覚えないことにしてたんだ…まあ、今はそうでもないが。」
「ふぅん、そっか。」
「私は、未夏。渡井未夏ね、よろしく」
そういって、左手を出す未夏に、しかし。
鈴は片手でそれを制して、
「…おどろいた、今どき握手するやつなんて、いるんだ」
「え?」
別に普通だろうと思いつつも、嫌ならやめておこうかと手をひっこめようとした時。鈴がその手をつかみ、握手させた。
「しないともいってないさ。ま、こちらこそよろしく。」
と、鈴はぶっきらぼうながらもさっきよりほんの少し、やわらかいトーンで言ったようににきこえた。未夏はそれだけでなんか嬉しくなって。でもそれを悟られないように短く、うん、とだけ返して、その日は帰ることにした。
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