退部

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退部

 チャンスの神様には前髪しかないらしい。  ギリシャ神話のカイロスという神様がこの言葉の由来で、意味としてはチャンスはすぐに掴もうとしないと後から捉えることはできませんよ、というようなところらしい。確かに一理あるだろう。後からあれは好機だったと悔やむことに意味はない。  僕はこれまで好機を逃さぬよう思い切った行動を取れてきた方だと思う。他人の視線や評判に左右されることなく、自分なりの価値観や良心に従って選択してきた。今のところは概ね成功してきた筈である。 「それにしても」と僕は思う。  3年春の時点で部活を辞めたのは流石に軽率だったかもしれない。しばらく信頼のおけない監督に従って部活を続け、大会予選のどこかで敗退してから他の3年生と一緒に引退するという選択肢も確かにあった。 「しかし」と僕は同時に思う。  これが僕だ。チームの勝利のためならあらゆる犠牲を払うのに躊躇はないが、納得できない采配で敗れ続けるのは我慢できない。これまで高校生活3年間のうち、2年間を無条件で差し出してきた。そして3年生になった最初の練習試合で相変わらずの采配に愛想をつかし、試合後監督と口論した後退部してきたというわけだ。     
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