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「お持ちいたしました。差し出がましいとは存じますが、その方をどうなさるのか、お訊ねしてもかまいませんか?」
セスナから服を受け取りながらユリウスは口を開く。その瞳は一度もセスナを見ることなく、ずっと黎から視線を外さない。まるで監視をしているかのようだ。
「今のところ私を害する風には見えぬが、どうにも不思議な男だ。何者かわからぬ以上野放しにするわけにはゆかぬ。テーベに連れて帰る」
服を脱がされそうになりながら耳にする会話に、黎は流石に身の危険を感じてジタバタとあらん限りの力で暴れた。
「ふざけないでください! テーベってどこですかっ!? ただの日本から来た観光客だと言っているではありませんか!?」
バタバタと暴れまわる黎の両手首を片手で封じ、ユリウスはいとも簡単にシャツを破いて脱がせた。
「なッッ――!!」
あまりの暴挙に黎の目が見開かれる。そんな彼の顎を掴んで視線を合わせた。最初に見せた優し気な面差しはどこにもなく、獲物を捕らえた獣のような鋭く恐ろしい顔をしている。真っ直ぐに突きつけられるその刃のような眼差しに黎は知らず震えた。
「エジプトの都・テーベも知らぬとは。否、もしや無知を装っているだけか」
とんだ言いがかりだ。黎の中でだんだんと怒りが湧いてくる。ここまで一方的にあれこれと言われてシャツを破かれて穏やかでいられるほど黎は寛容でも温和でもない。恐れよりも怒りが勝った黎はキッとユリウスを睨みつけた。
「先程から何度も何度も何度も何度も言ってますがッ!! 僕は観光に来た日本人です。先程から訳のわからぬことを言っているのは貴方方だ。エジプトの首都はカイロ。それさえもわからない馬鹿だと思わないでください。確かに砂漠のただなかで助けていただいた恩はありますが、服を破られたり鞄を取り上げられたり、挙句にはテーベなどという訳のわからない所に連れて行かれる筋合いはありません!」
腕を振りほどこうと身を捩る。しかしユリウスはその動きを利用して黎の身体をうつぶせに拘束した。
「セスナ、切れ」
言葉のままにセスナは懐から小刀を取り出した。もしやここで殺されるのかと一瞬黎の動きが止まる。刃が腰に触れる。ヒヤリとしたそれに呼吸を忘れた。セスナは震える黎に構わず下着ごとズボンを切り裂く。何度も切られ、ただの布切れに成り果てたズボンは無残に地に落ち、黎の何も隠してはくれない。
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