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「確かにこれは私の胸飾りだ。盗まれた覚えもなく紐が切れている。そなたが嘘を言っているわけではないのだろう。先程の無礼は詫びよう。これを拾ってくれたことに礼を言う」
彼はペクトラルの紐を器用に結び首にかけると、再び口元を布で覆った。
「そこの子供と一緒に迷ったと言っていたな。この先はまだ砂漠がつづくゆえ、この闇の中進むのは危険だ。私たちもここで野営する。私の胸飾りを拾ってくれた礼だ。そなたたちも天幕に入るがよい。夜が明ければ子供を町に連れて行こう。徒歩でここまで来ることのできる町は限られているゆえ、何とかなるだろう」
確かにこの暗闇の中で歩き回れば最悪砂漠から出られない場合も考えられる。震えるほどに空気が冷えてきている。薄着の黎も、腰巻をしただけの子供もこの寒さには耐えられない。この状況で若い男の言葉は何よりもの救いだった。
「ありがとうございます!」
安心したようにふわりと黎は微笑む。素直な反応に一瞬若い男は目を見開いた。しかし目元以外を布で覆った彼の表情はわからない。黎は不思議に思いながらも何も言わなかった。
「皆の者! ここで野営だ」
若い男が男たちに告げる。その声に皆がラクダを降り、各々で天幕を張り出した。火がつけられ、松明が煌々と燃える。闇に慣れてしまった瞳には眩しすぎて、黎は思わず瞼を閉じた。男はそんな黎に気づいたのか、松明の明かりを遮るように、黎の側に立つ。
「子供はそなたらに任せるが、手荒なことはいたすな。この者に無事町に送ると言った私の顔に泥を塗るような真似は、すまいな?」
「勿論でございます。どうぞご安心ください」
男が皆若い男に跪く。そして子供を連れて天幕の一つに入っていった。それを見ていた黎は若い男に手を引かれて、子供とは違う天幕に連れて行かれる。
「あ、あの……。僕もあの子と一緒に……」
腕を引く強い力に驚きながらも、何とか言葉を紡ぐ黎に、しかし若い男は振り返りさえしない。結局大きな天幕の中に連れられ、柔らかな敷物の上に座らされた。何故かすぐ横に彼も座る。
「子供のことは安心せよ。あれらは私の命には逆らわぬ。そなたはここで眠ればよい」
言って彼は口元を覆っていた布を取り、頭から被っていたベールも外した。
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