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「今日も散歩するの。体が濡れると風邪をひきますよ。こないだ鈴木さんがこじらせて肺炎になったといってたじゃありませんか。」
「奴はもう良くなった。大袈裟に言いすぎだ。それとも鈴木がそんなことを、あんなやつが、それに、ええ、つまり、いちいち口を挟むな。」
「すみません。でも鈴木さんに失礼ですよ。」
返事はなく、扉は大きく軋んで閉じた。
「どうかなさいましたか、お義母さん。」
ふと我にかえったそのとき、脚に痛みを感じた。段差で脚を打ってしまうのはいつものことだったが、普段はここまで痛まない。
「大丈夫ですか、少し冷したほうがいいのでは。」
「ええありがとう。でもその前にタオルを用意しておかないと。床が濡れると困るのよね。」
「タオルはお義父さんが帰ってきてからでも。とりあえず居間で休みましょう。」
「それもそうね。」
涼子や俊作がこの家で暮らし始めた頃、まっすぐに伸びる廊下は自慢の種であった。落ち着いた焦げ茶の一本道は控えめな柄の壁紙とも調和し、初めて招かれた来客は皆その風景を褒め称えた。そんな廊下も今では沈み、軋み、住人達を悩ませている。
古びていったのは扉や床板のみではなく、涼子はいまだに痛む脚に自らの老いを感じ取った。玄関のちょっとした段差や廊下の長さは少し前までは何も感じなかったはずなのに。
もうひとつの悩みの種は主人の俊作にあった。もともと彼は口数は少ないが他人のことは深く理解し、心優しく接していたのだが、近頃どうも言動が荒く、話が噛み合わないことも少なくない。どんどん偏屈になってゆく主人に対してどう接すればいいのかも分からない。
廊下はともかく、居間や他の部屋は何年か前の改装のもあってかろうじて心地よさを失っていない。
下宿をはじめてから一度改築工事を行った。主に部屋の防音性を高めるのが目的であったが、新しくなった部屋でもっとも喜ばれたのはエアコンの設置であった。
ところが、9月の終わり頃からそのエアコンの調子が悪くなった。10月の半ば頃までは誰も不便に思うことはなかった。しかしその後だんだん冷え込んでいき、11月に入ってからというもの住人は皆、居間に屯している。
「いや本当にこれがあって良かったですよ。これからまた寒くなることを考えると、これがなかったら冬はこせませんよ。」石田がストーブを指さしながら言った。
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