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さっきとは違う震えが背中を走っていく。女の子一人の力で牛一頭を引きずってこられるはずがない。少女はその光景が本能的に見てはいけないものだということを感じていた。
息ができないぐらい心臓が速くなっていた。
「あ……」
思わず漏れてしまった声を急いで飲み込む。その声に気がついたのか、黒髪の少女は身をすくませた。刹那、紅玉のような瞳がきらめく。
次の瞬間、足の先から頭のてっぺんへ、ぞくっとなんとも形容しがたいものが駆け上がっていく。全身をしびれさせるような感覚。突然、目の前が暗くなり、激しい水音と水そのものが耳の穴に入ってくるのを感じる。
そのまま少女は、ぞっとするような静寂の中に沈んでいった。
雨の音は、もう聞こえなくなっていた。
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