第0章:皐月の雨

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第0章:皐月の雨

雨が嫌いだ。 窓の外は透明の雨粒があちらこちらと地面に落ちては跳ね、跳ねては落ちて、もうずっと繰り返している。 もっと大きな粒を作って主張すればいいのに、粒は小さくて、まるで私が疎ましく思っているのを悟っているかのようで嫌になる。 静けさは孤独を大きくする。 睨め付ける力なんてない。 ただそれを見てる。 空からもたらされる孤独を。 涙の代わりの雨粒を。 去年の五月のあの事を。 見てるだけしかできない。 想うことしかできない。 あの人は、五月を《皐月》と言うことにこだわっていた。 私は一度も使ったことがなかったけど。 五月を《皐月》って間違いじゃないのだけど、普通の会話で使うのは変だよって言い合いは何度もした。今はもうできないけど。 窓の外の世界を見つめてもう何時間経っただろう。 時間なんてどうでもいい。 どうでもいいんだけど、、、 あ、ダメだ。 『あの人に会いたい。』 ふとそれが外に出てしまえばもう堪らなくなってしまう。これ以上踏み込んだらもう今日は後戻りできない。眠れない夜もきっと今までのフラッシュバックで埋め尽くされるだろう。 この一年はそんな日々だった。 過去形だけど過去じゃない。 この先もたぶんそういう道だ。 客観視することで漸く冷静に時間が戻る。 暗くて深い底の見えない海で溺れるのも、もう慣れてしまった。もうじたばたと感情的になるのも疲れて、たまに飛び込んでは溺れて、浮かんで、また沈んでいく。 一生抜け出せない海だ。 雨が強くなった。 今年は去年と比べて、記録的な雨量の多さらしい。 テレビのニュースでどのチャンネルでも言っている。連日、大雨による被害を報道してる。今日は、川の氾濫で小さな子供が亡くなったらしい。 一年前の今日、彼は死んだ。 事故死だった。
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