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「……リョー? ねえ、あなたリョーなの?」
陸の横に立つ槇原を見た瞬間、ジーナは狐につままれたような顔でぽかんとその姿を凝視していた。
その数秒間後、我に返り頓狂な声で「Oh my goodness!(あらまあ!)」と連呼し槙原をハグする。
再会の喜びで温かな涙をこぼしながら「リック、リョーが元気で良かったわね――」噛み締めるように繰り返し言葉を寄越すジーナの姿に、陸もまたもらい泣きをしていた。
「ジーナ、腰の調子はどう? 休まなくても大丈夫なの?」
二人の会話が途切れたタイミングで、陸はそっとジーナに声を掛けた。
すると、乱暴に涙を拭ったジーナは、「ケイは大袈裟なのよ!」ムッとした様子でそう答える。
「そんなこと……、ただジーナが心配なだけなんだよ。僕もケイも……」
陸がしどろもどろに答えると、ジーナは益々ヒートアップする。
「だいたいね、この際だから言わせてもらうけど! ケイもリックもあたしのことをおばあちゃん扱いしすぎるのよ!」
この感じだ――。
今まさに眼前で二人が繰り広げる、自然な感じの何気ない日常のやり取りに感動を覚えつつ、槇原は頃合いを見計らって陸に助け船を出す。
「うん? いま泣いた烏がもう怒り出したな」
「あはは」と笑いながら軽く揶揄すると、「それって、怒るじゃなくて笑うじゃないの?」と陸が首を捻る。
「ちょっと! 何でここに鳥が出てくるわけ?」
ジーナの素朴な疑問に対し、槇原が日本のことわざや比喩などについて説明をしている間に、陸はキッチンに引っ込み開店準備を始めていた。
4年ぶり。夢にまで見たジーナの店でゆっくりと朝食を摂った槇原は、その足で圭の職場に向かった。
晩は、圭とジーナの家で再会のディナーだった。
テーブルには、ジーナと陸の連係プレイで素晴らしく旨そうな料理が所狭しと並んでいる。
2年前、晴れて夫婦となり一緒に住み始めて久しいというこの家のリビングの飾り戸棚には、たくさんの写真が並んでいる。
――ジーナの孫を抱きあげている圭
――その孫たちと戯れている陸
――圭とジーナの美しいショット
その中でも鮮烈な感動を伴って槇原の目に飛び込んできたのは、ジーナの娘家族も含めた結婚記念の集合写真だった。
正装した圭と陸がアメリカの家族に囲まれ、嬉しそうに微笑んでいた。
それは、この上なく幸せ溢れる写真だった。
「それにしても、リョー! お前は本当に水臭いよなー! 昨日着いたんなら、真っ先に俺のところに顔を出すってのが筋だろうよ」
圭はいつになく上機嫌だった。
内容とは裏腹な明るい口調からは、『久し振りに槇原との丁々発止を愉しみたい』という圭の思いが手に取るように伝わってくる。
「ハイ。モウシワケアリマセンデシタ。先輩、そのことは何度も昼間謝ったじゃないですか」
圭はニヤニヤ笑いながら続ける。
「陸に会いたかったんだよなー、俺よりも先になー?」
「当然です! 何か問題でも?」
楽しくて仕方がないといった様子の圭と、軽く眉間に皺を寄せて口返答する槇原――何気ない些細なやりとりが、これほどまでに尊いものだったのか――その場にいる全員は同じ思いを共有していた。
「もうその辺にしなさいよ、ケイ!」
「そうだよ。リョーも、一緒になってケイの相手しないでよ!」
「おいおい。随分な言われようだなー? 俺たち」
「本当に!」
全員が『この4年間の空白を幸せな気持ちで埋め尽くしたい』そんな思いを、そして心からの安堵を――噛み締めながら、和やかな時間を過ごしていた。
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