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「樫本先輩、リクを俺に下さい。一生幸せにします」
翌日。槇原は陸を伴い改めて圭の家を訪ねていた。
「……」
「ケ、イ……?」
むすっとした表情で黙り込む圭に、おずおずと陸が声を掛ける。
それとは対照的に、ジーナは黙って見守っている。
「……やだねっ」
「えッ?」
槙原が、思わずといった様子で訊き返す。
「嫌だって言ってんだ!」
「はぁ?」
その、感情的で子供っぽい圭の反応に、槙原は憮然とした口調で再び訊き返した。
「ケイ! リョー! ふざけてないでちゃんと話し合いなさいっ」
たった今まで静観していたジーナが、間髪入れずにピシャリと言い放つ。
「……俺は……。リクが大事なんだ。目の中に入れても痛くないほどだぞ! 可愛くてしょうがないんだよ……」
「……はい。知っています」
「だろう? リョー。お前だって、俺達との付き合いが長いんだから、そのくらい分かるよな……」
圭の声が、徐々に尻すぼみになる。
「……」
槙原が返事に戸惑っていると、圭は、なおも言い募った。
「今回のことだってよ。お前、俺達の言うことを聞かずに危険な場所に飛び込んで行きやがっただろう? ――生きてたから良いものの……」
「……」
「4年だぞ! おいッ! 4年もの間……。どれだけリクが、俺らが、お前のことを心配してたか分かってるのか?」
圭は、自身の思いを搾り出すように吐露した。
「――。申し訳ありませんでした」
槙原は、床に土下座をしてでも許しを乞うつもりでいた。
しかし、後遺症のあるこの足では土下座すら出来ないのだ。
不甲斐ない――今の自分の姿に、その惨めさを思い知る。
そして、悔しさと情けなさを実感した槙原の唇は見る間に震え出し、目が真っ赤になっていく。
「ケイ。もうその辺にしてあげなさい。リョー、ちょっと聞いてくれる? リックはあなたとの将来を考えて、ひとりで前向きに頑張ってきたの。ケイはね、そんな様子を陰ながらずっと応援していたわ。もう、頭の中では随分前からあなた達のことを認めてるのよ。でも、いざとなると感情が付いていかないのね――」
そうでしょ? そう言うと、ジーナは圭の肩にそっと手を添え、軽く撫でさする。そして無意識の行動だろう――圭は、肩に添えられたジーナの手に自分のそれを重ねていた。
真顔で槙原の様子をじっと見ていた圭が、ニヤリと笑って話し出した。
「リョー。今度リクを悲しませることがあったら、日本だろうとどこだろうと真っ先にすっ飛んで行って、お前の顔をぶん殴って連れ戻すからな! 覚悟しておけよ!」
「……はい。有難うございます。絶対にそんなことにならないように、リクの事を、先輩以上に大切にします」
「はあ? 俺以上だと? そんな事、できるもんか! いや、できるもんならやってみろ!」
「勿論です……」
涙で声を詰まらせた槙原は、それ以上の言葉をつむぎ出すことが出来なくなっていた。
暫らくすると、その場で話を聞きながら俯いていた陸が嗚咽を堪えながら話し出す。
「ケイ、有難う。僕――」
「ん? どうした、言ってみろ?」
圭は優しい声音で陸を促す――子供の頃の、感情の表出が乏しかった陸に対して粘り強く語り掛けていた時と同じ口調だった。
「……僕。ケイに引き取ってもらってから、とにかく迷惑を掛けないでいようって、そう思ってた。だから……。もしも、僕が、リョーと一緒にいることがケイの迷惑になるなら、僕は――」
圭は瞠目し、内心の焦りを悟られまいと、つっけんどんな物言いをする。
「……誰が、迷惑だって言った?」
「でも――。反対なんでしょ?」
「ふんっ! 反対じゃねぇぞ」
「じゃあ……?」
「ああ。ああ、そうだよ! 俺はな、リクを槇原にくれてやるのが寂しいんだよ! 離れたくないんだ! ずっと、お前の父親として側にいてやりたいんだ――。寂しいんだよ……。こんな思いを俺にさせるんだぞ? 幸せにならなかったら許さないからな! わかってんのか……」
その後、槇原は仕事の拠点が日本に移っていることや、陸の為に建てた店の話など……、言葉を尽くして丁寧にそれらを説明した。
圭の態度は相変わらずではあったが、それが否定の反応ではない事を全員が十二分に理解していた。
姉貴――
それと、じじばばよ。
耳かっぽじって聞いてたか?
どうやら、陸は最愛の伴侶を見付けちまったみたいだぜ?
立派になっただろう?
俺も、陸の親としてちゃんと勤めたと思わねえか?
当然、認めてくれてるよな?
もう大丈夫だ。
これからは、安心して草葉の陰で笑いながら陸のことを見守ってやっていてくれ……
圭は、心の中でそっと故人達に話しかけた。
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