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陸が――そんなことを考えていたなんて……。
これこそが正に、青天の霹靂である。
愛する俺の陸が、自分の感情を素直に話してくれるようになったことは、大変に喜ばしい事だと、常日頃から槇原は思っているし、心から大歓迎している。
勿論、槇原としては、陸が伝えてくれる思いには誠実に向き合いたい。いつでも、そう考えている。
しかし――いま、この場面で陸が素直な心情を吐露していることに対し、かなり狼狽えている自分を鑑みるに、それは矛盾した考えであると自覚せざるを得なかった。
「陸……? それは、今日じゃなきゃ…ダメなのか?」
あまりの衝撃に、槇原の声は若干上ずっていた。
「急ぐことじゃない、とは思うんだけど。でも……」
「……。前向きに、検討させて頂きます」
槇原は、懇願するように畳みかけた。が、しかし――
「えっ? 本当に? ホント? 僕、これから準備してくるね!」
完全なる陸のミスアンダースタンドだ。
日本語の曖昧なニュアンスが恨めしい――否、それは責任転嫁だ。自分の意気地の無さが問題なのだ。分かっている、そんなことは。
「ちょ、ちょっと待て陸! いま俺が言った事の意味、分かってるのか?」
「だから、準備してくるよ? 良を慣らす準備だよ?」
陸は、人生の半分以上を英語で生活してきた。
結論を明確に示さなければ、正確な理解は望めない環境で育ってしまったのだから、そこは槇原が丁寧に伝えるべきである。
分かっている、分かっているが――
「ちょっと、待て。待ってくれ、陸! 俺は、検討するとは言ったが、OKとは言ってないぞ?」
「――だって……。それって、Almost O.K.ってことでしょ? 違う? それとも、NGって、こと……?」
陸の表情が落胆の色に染まっていく……
「違うぞ。考えるって事だ。少し、時間をくれっていう意味だ」
「……え。そうなの? 日本語って難しいな……。そうか。ダメなのか……」
陸の希望。それは、同じ男として決して看過できる内容ではない。
このままでは、一生陸はチェリーボーイ、すなわち童貞のままで終わってしまうのではないか、という心配なのだ。
「ダメではないけど、今日は、ダメだ……」
陸にとっては急転直下だろう。
ぬか喜びで、余計に陸を落ち込ませてしまった。
可哀想だと思う。
しかし…、自分にも時間が欲しいのだ。
頼む。理解してくれ、陸――
「じゃあ、いつ? いつなら大丈夫なの?」
「それは、また、追々……」
煮え切らない自分が情けない――
「日にち決めてよ! 良らしくないよ、そんな言い方……」
確かに自分らしくない。
そう、槇原だってわかってる。
それでも姑息にはぐらかそうとする自分が、急に恥ずかしくなる。
「とにかくだ。今夜は、俺に抱かせて下さい。お願いします、陸…」
心の準備をする時間を――俺にもくれ、陸。
「……良。1か月後……お願い、させて。僕、良以外とはしたくないんだ……」
俺だって、陸が別のヤツとするなんて――想像しただけでおかしくなる。
「わかった。約束する。男に二言は無い!」
そうだ、俺に二言は無い――
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