第一章

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第一章

 カロン カロン カロン……  この店を譲り受ける際、『折角だから新調したらどうか』と言われたのだが、ジーナは幼少期から耳に馴染んでいるこの古いカウベルの穏やかで素朴な音色が大好きなので、丁寧に手入れをしながら大切に使い続けている。 「ケイ、いらっしゃい。今日はひとり?」  大柄なのに威圧感を抱かせないスマートな物腰で、夜気と共に圭がやってきた。 「ああ、勿論さ。美しいジーナを眺めながら、とびきり旨いコーヒーを楽しませて貰おうかと思ってね」  スツールに腰かけながら、軽くウインクする。  品の良い男だが、繰り出される言葉や仕草は意外と俗っぽい。    しかし、どういうわけか彼が放つとそんな言動の数々もスタイリッシュに感じるから不思議だ。 「相変わらず軟派なガイね。焼きたてのチェリーパイはいかがかしら?」  ジーナも負けてはいない。    ポーズで軽い溜息を吐き、そんな言葉をやり過ごす術は心得ている。  丁々発止の遣り取りも、デフォルト化している日常の挨拶のひとつだ。 「チェリーパイか、いいね。2ピース持ち帰りで頼む。夕食後のデザートにしよう。──リク、喜ぶだろうなぁ」  陸の喜ぶ顔を想像したのだろう。  軽く眦を下げる表情は、慈愛に満ちた父親の優しいそれだ。 「OK! すぐに用意するわね」
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