第一章 三本指のギタリスト

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 未だ熱望する喧騒の中、隣の男は耳元に唇を寄せ、不愉快な声で囁いた。 「陽さん、あんた聖月の相棒だろう」 「誰があんな傲慢な男の相棒なもんか」  吐き捨てるような陽の言葉に驚く事もなく、男はうっとりと瞳を細めた。 「だがギターの腕は正しく天才だし、左手に障害があるのもいい。まるでジャンゴじゃないか。さしずめおまえは、グラッペリか」  それには普段温厚だと自負している陽の頭にも一気に血がのぼる。まだ二十五歳と言う若さは煮え立つような怒りに抗う事も出来ず、このバーの常連であり、聖月と陽の大ファンでもある男の胸倉を掴み上げた。 「二度と俺の神を愚弄するな」  フランス人の血が混じる深縹(こきはなだ)色の瞳を細め、通った鼻梁に皺を寄せ威嚇する陽を前に、男は酒でのぼせた頭から血の気が引いたのか、蒼白な顔で只々間近に迫る陽の美貌を凝視している。 「ちょっと、やめて」  透き通る美声とともに優しく肩を引かれ、陽は我に帰り男の胸元から手を離した。すまなかったと謝罪した相手は、男ではなく陽の肩を引いたとびきりの美人。 「ねえ陽、どうするの」  軽やかな微笑みと共にそう問われ、陽もまた微笑んで見せる。恋人である佐伯 紗綾(さえき さや)に促されるよう、カウンターの向こう側のマスターから、目配せひとつで預けていたバイオリンを受け取った。 「少し待っていて。退屈はさせない」  陽はそう囁いて、恋人の頬に口付けた。  先程まで熱狂していた客が、いつの間にかそんな美男美女の掛け合いを目で追っている。
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