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陽は身体中にその期待に満ちた視線を浴びながらも、優雅な動作で立ち上がり群衆に分け隔てなく微笑んだ。
「気まぐれな友人の非礼を詫びて、僕から皆様に一曲」
落胆から一転、群衆は歓喜に沸いた。こんな所であの白崎陽の演奏が聴けるなんて、と声を震わせる年配の男。癖のない鳶色の髪を靡かせステージへと向かう美貌のバイオリニストの背中に黄色い悲鳴を上げる女。それでもやはり聖月の音が聴きたいと愚図る輩。
友人などと、先程吐いた自分の言葉に苛立ちながら、陽は耳を犯す雑音の中密やかに吐息を噛んだ。
ステージにつくや、陽は揃って間抜け面をぶら下げる面々の顔をゆっくりと視線で舐めた。
「『swing42』で行く。一曲で締める」
慌てて頷き、各々楽器を持ち直す。
「君がソロを頼むよ。無理して引っ張らなくていい」
ソリストとなった男は突然の事に困惑した様子だったが、他のジャズと異なり、リズムギター専門のプレイヤーを入れる事が多いと言う点で見ても、ジプシー・スウィングに於いて、ポンプと呼ばれるリズムギターは簡単なものではない。ある程度の演奏はしてくれるはず。
とは言えそれ程過度な期待はしていなかったが、不本意ながら陽が先導するような形で曲が始まってすぐ、陽は聖月の不機嫌に納得がいった。このジャンルを選んだにも関わらずまるで音楽を楽しもうともしない浮ついた音ばかり。今日は終始聖月の不機嫌な音に意識を奪われていたが、これではあの神経質な男が怒るのも無理はない。
しかし激情家とは言え陽は聖月ほど気が短くはない。先程の男に怒りをぶつけたのも、言われた言葉がそれだけ重かったに過ぎず、ギターの下手なソロを払拭するかの如く若き天才ジャズバイオリニストの腕を存分に見せ付け客を満足させてみせた。
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