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紗綾を無事にタクシーで送り届け、家に帰り着く頃には既に日付は変わっていた。閑静な住宅街の一角に建てられた二階建ての一軒家は借家だが、一階は広いリビングとダイニングキッチン、二階に三部屋あり、そのうちのひとつは防音となっていて、庭もあり陽はとても気に入っている。
玄関を開くとすらりとした短毛の美しい白猫がまるで陽が帰宅する事を知っていたかのように、足を揃えて座っていた。
「ただいま、シピ」
屈みこんで喉元を指先で撫でてやろうとした途端、シピはつんとそっぽを向いて去って行った。名前の通り、とんだ小悪魔だ。それとも、飼い主に似てしまったのか。
思い出した苛立ちを再び燃え上がらせ大股でリビングに向かうと、陽の好みで選んだアンティークのソファに深く身を沈め、聖月は何時ものようにギターを弾いていた。彼がギターを手放すのは、風呂とトイレ、それに眠る時くらいなものだ。
肩に掛けていたバイオリンを置き、陽はふつふつと湧き上がる怒りを胸に聖月の隣に腰を下ろした。
「何故直ぐに途中で放り出す。一曲しか弾かないなんて、あんなに良くしてくれている町田さんを困らせるな」
咥え煙草の口元は、陽の言葉に薄く微笑んだ。
「おまえの客は酷く耳障りな声を出す」
「そうやって客を選ぶな。それに煩い客などもっといる」
「音の問題だよ」
生意気な横顔に、陽は思わず奥歯を噛んだ。
あの店の客は殆ど全てと言っていいほど聖月に陶酔している客だ。たまたま今日陽がいただけで、何より陽とてあの隣に座っていた男の声も言葉も耳障りで、あのバーに行く度会わなくてはいけなくてとても不愉快な思いをしていると言うのに。
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