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一話 望力使いたち
深い青の空に青白い点の太陽が優しく地面を照らす。ここは暖かな陽射しの差す街のど真ん中、とある学校の校庭。校庭に敷き詰められた砂の色は鈍い緑色をしている。その上に小屋ほどの大きさの岩が横たわっていた。その傍らには空みたいに青色の髪の少女が対峙していた。彼女は頭の後ろで髪を結っていて反透明な板をこめかみに一枚。腰の周りにスカートのように複数付けている。重なり合う透明な板からは勿論その下が透けていた。見えるのは男達の期待を裏切るホットパンツなのだが。
少女は静かに目を閉じて声を待っている。
「始めッ」
待ち望んでいた先生の掛け声を受けて少女は大きな目を開く。彼女の意思に呼応して一枚の透明な壁が顕れる。ガラスとも違う質感の壁が直射日光を反射して体育館の壁を照らしている。彼女だけの能力、彼女だけの感性、彼女だけの視点、すなわちこの透明な壁を創り出す能力こそが彼女のクオリア。
少女が侍らせた壁はその場で風車のように回転を始める。勢いが溜まりきった壁を少女が岩を目掛けて投げつけた。それはツバメの如く高速で低空飛行する。もはや首を飛ばさんとする刀の一振だ。小屋ほどの大きさの岩は直撃を受けてあっさりと真っ二つに裂けてしまった。
拍手が湧き上がる。すぐ側で見ていた彼女のクラスメイトたちのものだ。
拍手など我関せずと言った様子で少女は先生の反応を待つ。
「ウィッカの望力、クオリア部門、94点」
点数を聞いた少女はまあ妥当か、と意外性など無い様子で踵を返した。余裕で成績上位者入りする様はクラスの憧れの的だ。
先生が裂かれた岩に手を当てると断面から石の糸が飛び出しもう一方の岩を引き寄せ先と同じ形に戻した。そして先生が次の生徒の名を呼ぶ。
先生に名前を呼ばれた他の人と入れ替わる形でウィッカはクラスメイトの元へ戻ってきた。
クラスメイトの中の1人、黄色い服に黒髪のレイヴは隣の友人に話しかけた。
「すげえなウィッカは。流石優等生って謳われているだけの事はある。本性はアレだけど」
「クオリアも望術も優秀と望力の扱いは双方完璧なのがすごいよね」
肌も髪も瞳も全部透き通るように白い少年ナナキは微笑みながら答えた。彼はとっくに冬は過ぎたというのに長袖タートルネックを着てくる変態……なのだが不思議な事に暑苦しくない。むしろ爽やかと言ってもいい。面が良いのもあるんだろうがそれだけじゃない。何にせよミステリアス、という人間像をレイヴはナナキに抱いている。
「そうそう、だからタチ悪い。けどナナキ、そういうお前だってクオリアと望術の扱いはどっちも上手いじゃねえか」
「彼女ら成績上位者には遠く及ばないさ。それにレイヴはレイヴで……あっ、すごい。メント
が背中の腕みたいな物で大岩食べちゃった」
「おお、メントのクオリアはかっけえな、腕みたいなアレで食べるって。あの腕の形がまた悪魔みたいで男心くすぐるよなあ。あんなクオリアが使いてえわ」
「望力と望力で作られた物ならなんでも食べて自分の望力にしてしまう力、面白い力だ。一体どんな精神性から生まれてるんだろうね」
2人でクラスメイトのクオリアの感想を言い合っていると先生のナナキを呼ぶ声がした。ナナキはこれを受けて立ち上がる。
「行ってくるよ」
「ああ、頑張れよ」
何度目かの精製をされた岩の前に立つナナキは、ブンブンとその場で腕を風車のように回し始めた。その様はなんだか漫画みたいでシュールだ。その勢いは加速する訳でもなくただただ一定だ。
皆して何をやっているんだアイツと、変なものでも見るような顔をしている。けれどレイヴは違った。彼はナナキのクオリアを知っている。
一分程してナナキの腕の回転がピタリと止まる。一体何が始まるのかとクラスメイトの視線が磁石のように吸いつけられる。
「ふッ!!」
誰かが瞬きした瞬間の事だった。ナナキが居合の如く岩の前に移動し同時に岩へ掌底を叩き込んだ。凄まじい勢いで岩が吹き飛びサッカーのゴールネットに引っかかった。
ゴールネットに望術による強化、補強が無ければあっさりと突き破り学校の敷地を飛び出て外部の人間に危険が及んでいたかもしれない。まあナナキの事だ。パフォーマンスの一貫みたいな感覚であえてゴールネットに引っかけに行ったのだろう。
「記録は……72点」
何かの冗談だろ?あんな凄い攻撃だったのにその程度の点だなんて。レイヴは戸惑いを隠せなかった。
かくいうナナキはなんでもないという顔で戻ってきた。変な話だが当の本人よりレイヴの方が納得出来ていない。
「ナナキ、納得してんのか?あんなすげえ攻撃だったのに72点なんておかしくないか?」
「おかしくなんかないよ?僕は自分のクオリアの事、ちゃんと分かってないんだから。自分のクオリアを理解してなきゃ点は伸びない」
ん?前にナナキのクオリアがどんなものか教えて貰ったような……?
「え?お前のクオリアって速度を溜めて任意で解放できるって言ってたじゃねえか」
「それは僕のクオリアの一側面。ちゃんと言うなら『極限』のクオリアって言う方が正しいんだ。いや困った事にこんな曖昧な名前だから全然法則性が掴めなくて苦労しているんだけどね。チャージも時間かかるし溜めた速度もすぐに無くなるし」
「よく分からないけど大変だな。むしろあの速度チャージ使えるだけすごいわ。もしかしたら俺も―――」
レイヴが、
自虐を挟もうとした時だった。
凄まじい轟音とそこから間もなく地面をヒビが走る。それは俺たちを獲物と見定めて這い寄る蛇だった。蛇は対応など許されない速度であっという間にナナキを呑み込んだ。
「っ!?」
「ナナキ!!」
俺は咄嗟にナナキの腕を掴んで地割れという名の蛇の口からナナキを引っ張りあげた。
「大丈夫か!?」
「ありがとうレイヴ。危うく落ちる所だったよ」
他の皆も地割れに飲み込まれずに済んだようだ。青髪と至る所に四角い板のオブジェクトを身につけたウィッカが壁に亀裂に挟んだり先生が岩で落ちかけたクラスメイトを救っていた。
「あっぶねえ……一体何が」
「ソロ・シュバルツですよ。彼が加減なしで試験に臨んで地面が割れたようです。もっと周りの事を考えて欲しいですよ。何度も協調性が足りないと彼に言っているのにうるさいの一点張りで困ったものです」
白いチュニックを着た金髪少女、メントが亀裂から背中の口腕でレイヴを地面に戻しながら教えてくれた。
岩のある方を見る。
とっくに岩なんて物はなかった。そこにあるのは亀裂の起点となるクレーターと黒髪に手配書の写真みたいな人相、シンプルな焦げ茶色のシャツにジーパン姿の少年、ソロだ。
この大惨事は間違いなくソロのクオリアによる物だ。こんな事が出来るのは学校でもソロのみ、街全体を見ても片手の指で数えられる程しか居ないだろう。
皆が無事に亀裂から出られた事を確認すると先生は膝を折り手を地面に置いた。すると瞬時に亀裂が修復され、何も起きなかったように綺麗なままに戻った。
「100点……だが、少しは加減するんだソロ、危うく皆がおちるところだったぞ」
「ふん、テストってのは全力でやるもんだと言ってたろうがよ。それにテメエの身一つ守れねえザコの面倒なんざ見てられるか」
「……ソロ、後で職員室まで来るように」
先生は溜め息をついて諦めムードでこの身勝手極まりない男にラブコールするのだった。
「くっだらねえ」
ソロは皆の冷たい視線やブーイングなどどこ吹く風。彼は白けた様子で学校の敷地から抜け出した。
相変わらず気力の無い目をしていたがその奥には獣性が見え隠れしていた。教師が抜け出した彼を追わないのは返り討ちに遭うことが目に見えているからだ。はっきり言ってあの男はこの学校の手に負えない。それなのになんだってあの男は学校に来るんだか。
あんなに不真面目なのにやたら強いのもよく分からない。
レイヴには彼が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「本当に人の事考えねえヤツだなアイツ。一体何を考えてんだか」
メントが腕を組んでレイヴの意見に頷いた。
「ええ、常識的に考えて信じられません。他人に迷惑を掛けない事は社会を生き抜く基本中の基本だと言うのに。その上途中で抜け出すなんて。もっと節度を持って慎んだ行動を取ってもらいたいものです」
お堅い風紀委員さんはレイヴの言葉を繋げるようにソロを批判した。
「けどよ、だからこそ気になるぞ、俺。アイツがどんな価値基準で生きてんのか興味が尽きねえ。そのうち仲良くなってみるか」
「うんうん分かる。あの暴れっぷりも刺激があって面白い。お陰で毎日のように楽しいニュースが舞い込んできて良い刺激だよ。流石学校で1番強い男、いつかは彼の近くで事件に巻き込まれたいね」
「二人とも褒めてる場合ですか常識的に考えて!彼のせいで亀裂に落ちかけたんですよ!?」
「ははは!」
ふと、レイヴは自分を呼ぶ声を聞いた。先生がレイヴにお前の番だという意味合いで名前を呼んだのだ。
レイヴは立ち上がりナナキたちに一声かける。
「んじゃ、行ってくるぜ、ハデにトリを決めてくる」
「ん、行ってらっしゃい」
「頑張ってください」
こうして岩の前に立つとその小屋みたいな大きさにレイヴは威圧された。だがそんな思いは隅に追いやった。この岩に思いを乗せた全力の一撃を振るう事だけに集中する。
拳が届く射程範囲に立つ。腰を深く落とし大きく息を吐く。かっと目を見開き俺は右の拳に全神経を乗せて正拳突きを叩き込む。
「でやぁっ!!」
耳が痛くなるような沈黙があった。
岩はうんともすんとも言わない。
「レイヴの点数……0点」
レイヴの耳に誰かの吹き出す声が届いた。誰かの笑い声が響いた。
レイヴには分かっていた。俺にはクオリアなんてあんな超能力使えない、と。
使える方がおかしい……という訳でもない。逆なのだ。この世界では皆クオリアって言う異能力を一つ使えるのが普通だ。使えないのが異常なんだ。
レイヴはクラスメイトの憐れみだの嘲笑だのを含んだ視線を浴びて元いた場所に戻る。途中で授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「その、気にしなくても大丈夫ですから。貴方がクオリアの使えないような常識外れでもレイヴはレイヴです」
レイヴにメントが慰めの声を掛けてくれる。はっきりと常識外れとか言われてしまったけど。
だが悪気があった訳じゃないことは分かっている。彼女しっかりしているようでちょっとズレてる所がある事は理解している。
「気にしちゃいないさ、昔っからこうだから」
「君には君の強みがあるって知ってる。君は皆に負けないものを持ってるって分かってるから」
「ああ、むしろそっちが通用しない方が泣きたくなる」
皆の帰った後、先生は一人残って自らのクオリアで造った岩を片付ける所だった。
「レイヴも頑張っている事は分かっているんだが……」
先生は岩に手をやって元の平らなグラウンドに戻そうとした。
手をそっと当てた所から。
ピキピキと。
ヒビが入った。
それはあっという間に岩全体に広がりあっさりと砕け散ってしまった。
「おいおい、レイヴのやつマジか」
これには先生も目を丸くする他無かった
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