『この時の私の気持ちを三十字程度で答えなさい』
シャープペンの先で解答用紙に無意味な点をつける。ツバサはため息をつき顔をあげた。溝口は背中を丸め、ものすごい勢いで何かを掻きこんでいる。ちゃんと勉強してきたと言える奴は違うなと、空白の解答用紙へと視線を戻す。
現実の人の気持ちさえ読めないのに、物語の登場人物の心情なんて分かるはずがない。嬉しいとか、悲しいとか、楽しいとか、苛立っているとか、そんなことが分かるなら溝口の頭の中を覗きたかった。
『Kに対して嫉妬している』
そこまで書いて消しゴムで強く擦った。考えていることを知りたいと言えば、溝口の他に気になる人がいることを思い出す。
渡会だ。
転校してきてまだ二日目だということもあり、好奇心旺盛なクラスメイト達に常に付きまとわれている。特に声のデカい一部男子生徒はあまりにも執拗で、気の強い女性陣によって何度も追い払われていた。それほど周囲の視線は防犯カメラ並みで、積極的に話しかける気になれなかったのだ。
『Kに対して羨んでいる』
黒く、太い、アナログ時計の針が音を立てて動いた。外から飛行機のエンジン音が響いてくる。春の陽気を受け止めるベージュのカーテンが、暖かな風を受けゆったりと膨らむ。窓の脇の生徒が煩わしそうに手で押さえつけた。
『生活の方向性を転換して、私の利害と衝突することを恐れた』
二十七文字だ。ようやく得られたそれらしき回答に満足すると、次の問題へと取り掛かった。
テスト終了を告げる鐘が鳴る。ツバサは慌てて漢字を掻きこむと、音を立ててシャープペンを置いた。一番後ろの生徒が回収に立ち上がる。教室の空気が緩む。通常の放課時間以上に話し声が大きくなっていた。
「どうよ?」
溝口が振り返り尋ねる。ツバサは答える代わりにため息をついた。
「俺はたぶんできた」
解答用紙を渡しながら溝口が言った。今回のテストの結果に応じて、後日再テストが行われる。まだ一限目だというのに、早く帰りたくて堪らなかった。
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