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移植手術後
生まれつき心臓が悪く、成人するまで生きられないかもしれないと言われていた。
そんな僕だけれど、幸いにも臓器提供が成功し、今は穏やかな暮らしをしている。
体調は信じられないくらいよく、医者の話では、超高齢はさすがに無理でも、老いを迎えて生涯を全うできるのではと言われた。
僕に『心臓』をくれたあなたに感謝します。本当にありがとう。
左胸に手を当て、鏡に向かって頭を下げる。その顔を上げる瞬間どこからか声が聞こえた。
「こちらこそ。何の不自由もなく暮らせる環境の体をありがとう」
* * *
手術以来、息子に色んな変化が現れた。
食事の好みが変わった。本や音楽の好みも変わった。
ふとした仕草も、これまで息子とは印象の違うものばかりで、最近では、顔つきすら息子の面影ではないと感じる時がある。
移植手術を受けた患者が、それまでと嗜好がガラリと変わるということはよく聞く話だし、息子は成長期だから、見た目が変わるのも仕方のないことだろう。
でも、どんなにそう思っても、日増しに息子を息子と感じられなくなっていく自分がいる。
うまく言葉にできないけれど、息子が心臓の手術をしたというより、この心臓の器に息子がなってしまったような…。
あんなに病弱だった子がこんなにも元気になったのに、私は何を考えているのだろう。こんなの、母親失格よね。
二十歳まで生きられるかどうかも判らないと言われていたあの子が、こんなに元気になったんだもの。多少の変化は大目に見なくちゃ。
そう思うのだけれど、それでも…息子が他人のように感じられてならないこの気持ちを抑えられない。
移植手術後…完
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