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形あるもの
ザワザワという葉擦れの音やさらさらと零れ落ちる陽射し、新鮮な土と青い草の匂い。それはレオンにとって大地を感じさせるもので、ともすれば故郷を感じるものであった。このドラゴンに故郷と呼べる場所などあるはしないのだから、懐かしむ謂れもないはずなのに。時々、無性に帰りたくなるのが、自分でも不思議であった。
風が吹く度に僅かに姿を見せては、また隠れる青空を何とは無しに眺めていると、ザッザッと先程まではしなかった音が聞こえてきた。その音が何であるのか、予想できたレオンは嘆息を漏らす。もう少し、こうしていたかった。
だが、そんなレオンの心情を察する事はないまま、音は同じ速度で近づいてきて、すぐ隣で止まる。
「よう、レオン。獲物が捕れたから、飯にしようぜ」
『筋骨隆々』この四字熟語が何とも似合う男がにかっと笑って声をかけた。無理矢理皮膚の下に押し込めたような筋肉が今にも弾けそうで、レオンにしてみればもう鍛える必要は無いと思えるのだが、本人にしてみれば違うらしい。しかし、それで首飾りを着けているのだから、似合わない事この上ない。まあ、聞けば人から貰ったお守りらしいので、似合わなくても構わないのだろうが。
この男は名をドライドといい、元々は傭兵を生業としていた。雇われて戦争に行き、不慮の事故で魔素汚染に侵され、異端諮問局に送られたという男である。鎧姿でも軽装の部類に入るのは傭兵であった名残だろう。
レオンは獲物が何なのか確かめるためにチラリと視線を横に動かす。まず、地面と具足を着けた足が見えた。ドライドの足だ。そこから少し目線の高さを上げれば、動物の角と鼻先が見えた。鹿だ。
「どう調理するんだ?」
「うーん、鍋だな」
鍋以外ほとんど作れないドライドに態々こんな質問をする必要は無いが、毎回聞くのがお約束のようになっている。レオンとしても毎回鍋でも食材によって味が変わるので、特に文句は無い。
「いいな。どれ、とっとと食って仕事に行くか」
ひょい、と軽やかに起き上がるレオンを少し、ドライドは羨ましく思う。自分の筋肉は必要があって身につけたものであるが、やはりこのような軽やかな動きはできない。加えて、レオンは自分と遜色ないほどの力を発揮するのだ。人間とドラゴンを比べても仕方がないのだが、近くにいると、 どうしても羨ましくなってしまった。
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