3、安芸灘の海

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 彼女が東北に帰ってしまうなら、二人の別れは近いかもしれなくて、私にとってはチャンスだ。そう気が付きながら、何も行動出来ないまま、ある日彼に転勤辞令が降りた。東京本社への復帰だった。 「ご栄転おめでとうございます」 「おめでとう」 支社のみんなに囲まれて、花束を持ち、これまでで一番うれしそうな笑みを浮かべる彼を、私は遠巻きに眺めていた。その瞬間も、しっかりと切り取ってしまった。 東京に彼が戻ってからも何度かメールを送ってみたけど、そっけなく一言二言返ってくるだけで、やがては返信もなくなった。 彼が東京に戻ったことで、多分彼女は東北の地元に帰るのをやめたのだろう。一緒にハワイの新婚旅行に行ったのは、きっと彼女だ。二人はぎりぎりのところでうまくいったのだ。 「悟は、東京転勤になったら嬉しくないの? 栄転なんじゃないの」  駐車場に戻りながら聞くと、悟は首をかしげた。 「栄転なぁ。でも俺はここが好きじゃしね」  なんとなくさみしそうな顔を見ているうちに、そのまま助手席に乗り込んでいた。扉を閉めたあとで、気が付いたけど、乗り直すのも手間なのでそのままシートベルトをする。悟はこちらをちらりと見ただけで何も言わずに、自分もシートベルトを締めた。 「出発しますかー」  エンジンがかかる。悟は、サイドブレーキを解除する前に、一口飲んでからとばかりにコーラのふたを開けた。  ぷしゅっという小気味よい音と一緒に、コーラがあふれ出る。 「うおっ」  悟は慌ててペットボトルを体から離したが、ぽたぽたとコーラはこぼれ、すでにズボンには染みが出来てしまった。 「あーあっ」  おかしくなって、笑いながらタオルハンカチを渡した。 「あー、サンキュー」  へらへらと悟はハンカチを受け取って、適当にズボンを吹いた。 「すぐ乾くじゃろ」 「そうだね」  湿っぽかった空気が一気にからっとした気がした。ステレオからは、よく知らないアップテンポの洋楽が流れはじめる。悟だって、色々あって、小中学生では知らなかったような、新しい曲も聞くようになったんだ。  
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