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これまでは、いつかチャンスがあるかもしれないとか、実は彼は私のことを思っているかもしれない、なんて思い込むことができていた。同じ時間を過ごして、同じものを食べて、同じ場所へ行ったときのことを、静かに反芻しては淡い期待をして眠りについた日は何度もある。だけどそれももう出来ない。彼は私のことなんて好きじゃなかった。もう手が届くことはないんだ。
そのままスマートフォンを投げ捨ててベッドに突っ伏していると、電話が鳴った。
もぞもぞ手繰り寄せて液晶を確認すると、悟、と出ていた。小学校と中学校が一緒だった悟。卒業してから疎遠だったのに、久しぶりに出席した同窓会がきっかけで最近連絡を取り合うようになっていた。
「何か用」
突っ伏したままで電話に出た。
「その言い方なんじゃ。せっかく誘おうと思っとるのに」
「誘うって何に」
正直、今はどこにも出かけたくないし、かまってほしくもない。一人にしてもらいたかった。また、飲みに行こうとでも言われるのかなと思った。再会以来、たまに悟はこうして電話しては飲もうと誘ってくる。この前、といっても数か月前だけど、焼き鳥に行ったばかりだ。
そうだ、あの焼き鳥の日、久しぶりに彼からメールの返信があったんだった。思考はまた彼のことに戻って行く。あのメールが来ていたときが、今ではもう取り返せない瞬間に思える。
目の前の焼き鳥に夢中で、珍しく帰るまでメールに気が付かなかった。あのときすぐに私からも返信していれば、未来は変わっていたのだろうか。
いや、そんなわけない。私は自分で打ち消す。私が送ったくだらない質問に、ただ一言返信が来ていただけだったんだから。たった数か月前だから、あのときすでに結婚は決まっていたのかもしれない。結婚することを彼は一言も報告してこなかった。
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