2、宮島の海

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2、宮島の海

 彼と最初で最後のデート。フェリー乗り場から見える冬の海は、どんよりとして見えて、そう綺麗とは言えなかった。それでも彼は「海の匂いがする」とはしゃいだ。 「こっち来て観光してなかったから」  フェリーの上で、彼はじっと向こう岸を見ていた。私は海風が寒くて、ダウンの胸元をぎゅっと握った。船内に入りたかったけど、彼の嬉しそうな顔を見ると言い出せなかった。私にとっては、宮島のフェリーは何度も乗ったことのある、変わりばえしないものだ。だけど彼にとっては初めてのフェリーに観光地。段々と近づいて来る、赤い鳥居にスマートフォンを向けてやたらと写真を撮っていた。 「そんなに撮ってどうするの?」  笑うと、「SNSに上げる」と彼はアプリを立ち上げた。  そのとき、私は彼のアカウント名を横目で盗み見た。帰ってから、彼のアカウントを見るためだけに、アカウントを作った。フォローはしない。だけど、こっそりと見に行くのがその日から、習慣になってしまった。  彼が今日写真をあげていた、ハワイの海ってどんな感じなんだろう。写真で見えるぶんだけじゃ分からない。潮の匂いとか、空気とか、青さとか。少なくとも、あの冬の宮島の海ほどさみしくはないだろう。
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