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腰を半身にして右手を差し出す有名な寅さんの口上が始まった。お客さんは大喜びだ。
――今日はお正月。正月にぴったりのめでたい話です。ここにおられるお二人は夫婦(めおと)になる約束をして帝釈天様に報告にいらっしゃった。ところが偏屈親父を説き伏せるためには大吉のおみくじを山ほど積まなきゃあならないという。さて皆さま、大吉のおみくじを今お手元にある方はどうか寄付してくださいませんか。幸せを皆で分かち合いましょう。よろしくお願いいたします――
寅さんとさくらが客の前で深々と頭を下げた。花凛は焦った。祐樹はもう寅さんの横で一緒に頭を下げている。身体は動かず声も出なかった。
続々と花凛の目の前におみくじが積まれた。大吉の山が築かれた。
気がつくとおばあさんはいなかった。
花凛は寅さんにおばあさんのことを訊いた。
「何言ってるの。あんたがさくらに頼んだんじゃないか。妹のさくらをばあさん呼ばわりしたらまずいよ」
寅さんは声を上げて笑った。
慌てて通りに出た。どこを見回しても杖をついたおばあさんはいなかった。
定期入れに大事にしまっている祖母と孫の自分が写っている写真を眺めた。写真の中のお祖母さんが微笑んでいるようだった。さっきのおばあさんはどう見てもうちのお祖母さんだった。
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