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第四章 パーティーメニューの下拵え。
園遊会の準備が始まった。
パーティーのメニュー自体は、予め決めてあったので、コジーが下準備として、食材の手配や、会場の設営何かを指揮していた。
城島は、ラーメンの仕込みに、掛かりっきりになっていた。
「元の世界なら、麺は東京第一に任せるんだけどな‥‥‥。」
城島は、粉を曳きながら、ちょっと愚痴っていた。
何時もなら、製麺所から麺は仕入れて、自分はスープとメンマの仕込みに、全力投球!
「此処じゃあ、東京第一製麺の営業は、来ないだろうな。」
城島は珍しく、ぼやきながら粉を曳いている。神山は相槌を打って良いのどうか?迷いながら、手伝っていた。
なぜ迷っているかと言えば、城島の表情が険しいからだ。
「おお、城島の旦那、随分機嫌が良い様じゃ。」
様子を見に来たコジーが、楽しそうに言う。
「あれで、機嫌が良いんですか?」
不思議そうに、神山がコジーに聞く。
「城島の旦那は、仕事に興が乗ると、ぶつぶつ独り言を言う、癖があるんじゃ。」
「でも、あんなに恐い顔をしてるし。」
「顔が恐いのは、前からじゃろ。」
確かに、そうだ。
「おい!曳けた粉を、袋に積めて、作業場に持っていっておけよ。」
城島は、恐い顔のまま、神山に指示を出した。
龍花小麦の小麦粉を、麺打ちの作業場に運んで、事前の打ち合わせに従い、素焼きの瓶に移し変える。
その瞬間、瓶の中から実に香ばしい香りが立ち上がる。
粉の状態で、こんなに香ばしいのだから、パンにしたら、絶品だろうな。
そんな事を考えていたら、粉を曳き終えた城島が、作業場に入ってきた。
手に、大きめな壺を抱えている。
その壺を、作業台の脇に置くと、部屋の奥に設えてある棚から、巨大な、と言っても良い、深底の皿を取り出した。
城島はその皿の中に、ちょい大きめのフィンガーボウルの様な器で三杯分、ドラグフラワーを掬い入れた。
そしてさっき持ってきた、壺の中身を、そうっと注ぎ入れた。
「一岩さん、それは?」
横で見ていた、神山が城島に聞いた。
黄白色の小麦粉の上に、乳白色のトロッとした液体が、細い糸の様に掛かっている。
「こいつか?」
城島はニカッと笑って、
「ドラグフラワーだけじゃ、麺にした時に、モッチリ感が足りないんでな。ソイツを補うための秘策さ。」
城島によると、ドラグフラワー単体だと、グルテンが足りないらしく、モッチリ感が弱い。
其を補うために、この地方採れる、天然の添加物をいろいろ試して、ようやく見付けたのだと言う。
「ここいらの特産で、チョナって芋の仲間が有って‥‥‥。」
そのチョナ芋を、磨り潰して、同量の水でに出すと、プルンとした緩いゼリー状の物が出来る。
普通はそれを、肉と野菜のゼリー寄せのようにして、食する。
此処の連中は、虫の幼虫をゼリー寄せにして、クレと言うレタスの様な葉に包んで食うようだ。
城島は、そのチョナ芋の煮汁を濾して、更に倍の水で延ばして、ドラグフラワーの繋ぎの様にした。
日本そばの、とろろ繋ぎに似ている。
城島は、チョナ芋汁を掛けたドラグフラワーを、手早く練り上げると、あっという間に、蕎麦玉?を造り上げた。
その後に、同じ大きさの蕎麦玉を四つ作って、一つ一つ布に包んで、作業場の外にある、井戸のなかに吊り下げる様に入れて、
「こうやっといて、半日休ませて。」
そう言うと城島は、厨房の方へ入っていって。
「コジー、ギューラの肉の、下拵えは?」
と、コジーに話し掛けた。
「ハイヨ!言われた通り、シッカリ肉を叩いておいたよ。オイ!」
コジーは、厨房の奥へ声を?掛けた。
奥の方から、タッパーいっぱいの赤黒い肉の塊がやって来た。
城島はそいつを受けとると、又厨房の外へと出ていく。
さっきの作業場の裏手に、うっすら煙を吹き出してる、縦長の掘っ立て小屋が目についた。
「今度はこいつを、薫製にするから、手伝え。」
城島は神山にそう言うと、持っていたタッパーを、掘っ立て小屋の前に設えてある、テーブルに置いた。
「城島のダンナ、プータルの皮は、此のくらいで良いか?」
いつの間に来ていたのか、四本腕の厨房スタッフの一人が、大振りなボウル一杯の、白っぽいプヨンとしたものを持ってきた。
「チークの筒も、洗ってきたよ!」
別の四本腕が、篭に入れた筒の様なものを、持ってきた。
「おっしゃ、隣の台に置いてくれ!」
城島の指図通り、四本腕達が材料やら機材やらを、設置していく。
「さて、ギューラの肉の加減は?」
城島は、赤黒い肉の塊から、一摘まみ肉を口へと、放り込む。
軽く咀嚼して、飲み込む。
「OK!では早速。」
城島はテーブルの上に、チークの筒を立てると、その上にプータルの皮を被せて、一回り細い筒を差し込んだ。
その筒のなかに、ギューラの肉の叩いたものを詰めていく。
小さめの御玉杓子で、キッチリ詰め込んで、テーブルの上で、トントンと叩いて細い筒を抜き取り、余った皮を一纏めにして糸でギュッと結ぶ。
其れを、10本拵えて、
「先ずは、70℃で低温ボイル!」
そう言いながら、肉がつまったチークの筒を、湯気が立ち上る大鍋の中へと、そっと差し入れる。
「この状態で、2時間茹でるから。一寸、見てくれ。鍋が煮たた無い様に、頼むぜ!」
怖い顔のまま、城島は神山に依頼した。城島の仕事を見ていて神山は、
「ヘッドチーズの、技法ですね?」
そう、問い掛けた。
「おっ!知ってるのか。」
城島は感心して、
「なら、話は早い。頼んだぜ!俺は、スープと他の料理に様子を見てくる。」
そう言って、厨房の方へ入っていった。
ヘッドチーズは、アメリカの中西部でのハムの作り方だ。
精肉した豚肉の残り、主に頭の肉を丁寧に削いで、荒微塵に刻み、塩コショウを練り込んで、豚の腸に詰め込んで、茹でる。
チーズは入ってないが、ヘッドチーズと言う。
「でも、コレじゃあ叉焼に成らないよな?」
神山が、ポツリと呟く。
確かに、正肉やスジ肉なら、多少の煮込み時間や、焼き時間の違いこそあれ、叉焼にはもってこいだ。
しかし単に、肉を寄せ集めたハム状の肉だと、麺に乗せただけで、バラバラになってしまう。
もっと練り込んで、細身のソーセージなら、メンマとして使えるが?
この国には、大きな肉がとれる家畜が居ないのか?
そんなことを考えていたら、
「おっとイカン、温度が上がりすぎる。」
鍋の湯が、沸き立ってきそうになり、慌てて火掻き棒で、薪を崩して火力を調節する。
そうこうしている内に、2時間がたち城島が様子を見に戻ってきた。
鍋の中のハム?を取り出して、長めの串を取り出して、ハムの真ん中にプスリと差し込んだ。
ハムの中から、透き通った黄金色のスープが迸る。
「ふむ、いい感じ!」
城島はそう言うと、鍋から筒ごとハムを抜き取り、4本腕の助手が持ってきた篭に、隙間なくならべていった。
すると其処へ、別の4本腕の助手が、食事の用意が出来たと、知らせに来た。
城島は其れを聞いて、手早く火の始末や何やらを済ませて、厨房横に設えてある、長テーブルの処へ歩いて行った。
長テーブルには、既に料理が並べられていた。
人数分の皿と、テーブルの中央に大きな赤い皿と、青い皿が。
其々の皿の上に、色の違うトルチーヤっぽいものが、山盛りになっていた。
城島が、先に席についていたコジーに、
「生地の配合は、言った通りか?」
と、問い掛けた。
「ああ、旦那の言った通り、ドラグフラワー20に、塩とスパイスを各1ずつ。それにチョナを3加えたものと、チョナを加えて無いものを作って、陶板で薄焼きにしたよ。」
城島は其れを聞いて、ニヤリとし、
「じゃあ、アンコの方も?」
コジーは、当然と言うように、
「ギューラの肉を叩いて、例のスパイスを練り込んで。」
「ふん。」
城島は満足げに、鼻を鳴らした。
「では、いただきます。」
城島は顔に似合わず、行儀良く両手を前に合わして、頭を下げた。
其に合わせて、頭を下げた。
勿論、神山も。
神山は先ず、真っ白なトルチーヤを手に取った。その薄焼きの生地から、何とも香ばしい薫りが立ち上る。
神山はその薄焼きを、何もつけずに食べてみた。
途端に、口の中一杯に香ばしい薫りが、洪水のように溢れ出す。
生地自体に、薄く塩味が付いているのと、他にも隠し味的な、スパイスが口と鼻を満遍なく刺激していた。
「こいつは、良い!」
神山は今度は、目の前のミートボールのようなものを、乗せて包んで頬張った。先程の香ばしい薫りのあとに、甘辛い味と、もう肉!って言う食感と味が畳み掛けてくる。
早朝から、料理の手伝いを付き合わされ、いい加減お腹が空いている。
何か食べたいと思っていたら、このブランチタイム。
一気に食欲に、火が付いた!
今度は薄黄色い、トルチーヤを手に取った。
横に座っていた四本腕が、トルチーヤの上に、真っ赤なペーストに緑と黄色の野菜?のスティックを乗せて、パクついたので、神山も同じようにした。赤いペーストは、どうやら、果物のペーストらしい。此の匂いは前に嗅いだことがある。
此の国に来たときに、はじめて食したあのトマトのようなやつだ。
その野菜のスティックは、初めて食するものだった。
薄黄色のトルチーヤに、トマトのペースト、そして野菜のスティック。
なかなか、ヘルシーな感じ?
トルチーヤを手巻き寿司宜しく、巻き巻きして、半分をパクつく。
さっきの白いトルチーヤは、サックリとした食感とだったが、薄黄色のトルチーヤは、かなりモッチリした食感になっていた。
匂いから、二つのトルチーヤは、二つともドラグフラワーで作られていると、推察出来る。
多分モッチリした方が、チョナ入りの生地だろう。
白いトルチーヤの方が、ドラグフラワーの、素の持ち味だろう。
芋の汁一つで、こんなに性格の変わる小麦粉なんて、食した事がない。
しばらく夢中のなって、パクパク食べていたが、ふと、城島の方を見た。
城島とコジーが、何やら話し込んでいる。
城島の声は、聞き取れなかったが、コジーの方は思念波なので、理解が出来た。
どうやら明日の園遊会の料理の順番と、新メニューのサーブタイミングを話している。
食事が済んで、その場の全員に、赤と青の札が配られた。
「皆、旨いと思った方の、マサーに札を入れてくれ。」
コジーが皆に、問い掛ける。
四本腕達が思い思い、大皿に赤い札、青い札を入れていく。
城島とコジーは、札をいれない。
大皿には、赤と青の札が6枚ずつ、計12枚が入っていた。
コジーの手下が12人、そして赤と青の札が6枚ずつ12枚。
当然のように、神山にも配られていた。
神山が辺りを見渡すと、その場の全員が、神山を注目している。
神山が青か赤、どちらを入れるかで、最後のメニューが決まる。
そう言う状況に、なっていたが、
「俺の好みは、此方だな!」
そう言うと、悩むことなく、赤い札をマサーの中に投げ入れた。
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