第1章 屋台のオヤジ、跳ぶ。

4/8
前へ
/30ページ
次へ
神山と屋台のオヤジが、空を飛んでいる。 いや、正確に言えば、すごい高さから、落下しているのだ。 落下しながら、神山の頭は今起こったことを、確実に捉えていた。 ドン!と言う炸裂音と共に、強力な力で屋台の鍋の中に、引っ張り込まれたのだ。 そして屋台のオヤジと神山は、鍋の底を抜けて、いきなり空中へと投げ出されていた。 意識がハッキリしてくると、最初は慌てたが、直ぐに落ち着きを取り戻した。 神山は学生時代、スカイダイビングの経験があった。その時の感覚が、今の状況を冷静に分析させた。 ハッキリ言って、落下速度が遅い。 スカイダイビングの時、講習を受けたのだが、成人男性が自由落下する速度は、頭から垂直に落ちたとして、大体300キロちょっと。体を水平に保つと、空気抵抗を受けて、230キロちょい。 ところが現在の落下速度、どう多目に見ても、100キロメートル無い。 それよりなにより、一緒に落下している屋台のオヤジが落ち着き払って、目の前に浮いているのだ。 しかも胡座を組んで、ずっと何かを考えている。 「あのう、もしもし?」 神山は、目の前で胡座を組んで、考え事をしている、屋台のオヤジに、声を掛けた。 オヤジは相変わらず、仏頂面で考え込んでいる。 「あのう、俺、神山と言うんですが‥‥‥。」 「知ってるよ!」 野太い声で、屋台のオヤジが返事をした。 「北神十蔵代議士の処に、出入りしている、東京ポコペン日報の、新米だろう?」 屋台のオヤジは、やっと閉じていた目を開いて、神山の顔を見た。 「俺は城島 一岩【きじま いちわ】。見ての通りの、ラーメン屋だ。」 あまりに平然としている。 スピードが出てないとは言え、明らかに落下しているのだ。其れなのに、こんな事は何でもない!と、言わんばかりの、構えである。 「城島さんは、何で彼処に?」 神山の方も、今の状況を余り理解出来ていないようで、どうでも良い事を質問している。 「何であんな処で、屋台をひいていたかって?」 都内でも有数の、高級住宅地である。 しかも広い敷地の屋敷が、建ち並んでいる。どう見ても、場違いである。 屋台なんか牽いても、客なんか来ないだろう?
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加