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私は酒が好きだ。特にスコッチがお気に入りだった。焼酎や日本酒も好きだが、洋酒のほうがどうにも舌にあった。
デスクに置いてあるグラスを掴み、スコッチを一口飲む。ふうと吐息をつき、切れた口の痛みに顔をしかめた。
私は酒は好きだ。だがヤクザに囲まれ、しかも殴られ口が切れていなければの話だった。
我が小さな探偵事務所は、五人の各川組の構成員に支配されていた。
若頭である石丸は、私のデスクの椅子に足を組み座っている。私は依頼人用の椅子に座り、四人の強面に囲まれ、見下ろされていた。
みな眉間に皺を寄せ、女子供には好かれない怖い顔をしている。一人の男の右手は、私を何度も殴りつけたため血濡れていた。安物のスーツといえど、流石ににじくるわけにはいかないらしい。
私はそのスーツに目掛け血反吐を吐いた。胸元に、痰が混じった血がべったりとついた。男は胸元に目を落とすと、ため息をつきこちらを見つめた。
「黒には赤が映える。ワンポイントだよ、ワンポイント」と私は言った。足を組み、スコッチを飲んだ。
男は拳を握ると、私の鼻先へ目掛け鋭い右を入れた。
顔はかくんと跳ね上がり、止まりかけた鼻血が流れ出した。ズキズキと鼻が傷んだ。
「そう、カッカしなでくれ」と私は鼻を拭うと言った。「酒でも飲んで落ち着いてくれよ」
もう一度男が拳を握ったところで、石丸が「やめろ」と言葉を放った。
「やめろ。もういい」
男は石丸を見て頷くと、従順にも拳を引っ込めた。
若頭補佐である、“こまめ”は呆れた顔で私を見て、首を振った。馬鹿を見る目をしている。
「なあ、宇田川」と石丸は言った。「俺はお前を傷つけたいわけじゃないんだ」
私は笑った。「ここまでやっておいてか? 私の顔が見えているだろう、血だらけだぞ」
「それはお前が吐かないからだ」
「吐くも吐かないも、私はなにも言っちゃあいない」
石丸はため息をつき、呆れたように頭をかいた。どうやら私は悩みの種のようだった。
こまめは一歩前へ出ると、
「言ってくださいな、宇田川さん」と言った。「昔馴染みではないですか、あんたを殺したくないんだ」
「相変わらず、お前の腹を見え辛いよ、こまめ」私は痛みを我慢しスコッチを飲んだ。
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