魔王のくせに

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「ていうか、なんで急にそんなこと言い出したんですか?」 ふと、俺はそんな率直な疑問を口に出してみる。すると魔王様は俺にくっついたまま頬を朱に染めた。 「またテレビか何かの影響ですか?」 俺の言葉に彼女はこくりと小さく頷いた。彼女がこちらの世界に来て一番衝撃を受けたことは飯が美味いこと。二番はテレビが面白いことらしかった。そして、これは俺にとって意外なことでもあったのだけど、彼女は結構色々なことに影響されやすい性質らしく、さまざまな媒体を通して得た情報は一度自分の身に落とし込まないと気が済まないようだった。この前「今流行っている芸をやってみたい」と魔王様が言って、おかっぱのカツラ、レオタード、ポンポンをあらゆる店から調達させられた時は正直言って目眩がしたものだった。 しかし、今回は明らかにその時とは毛色が違う。どのような番組を見たのかはわからないけれど高低差がありすぎて耳がキーンとなりそうだ。 「自分でもおかしなことを言っている自覚はある。私がしてきたことを棚に上げて、このようなことを言うなどと」 魔王様の声のトーンが少しだけ落ちた。見るとやはりその顔はさっきまでとは打って変わってどこか浮かないものだった。 「それは言わない約束でしょう?」 俺は魔王様をそっと抱きしめた。前の世界ではあれほど強大なものだった魔王の姿は今ここには全くない。スッポリと自分の胸に収まってしまう彼女は俺の中で「守ってあげたい女性魔王」堂々の第1位だった。 「魔王様にだって守らないといけないものがあったんです。それに俺だって魔王様からたくさんのものを奪ったんですから」 それはきっと彼女にとっても俺にとってもなんの慰めにもならない言葉だったと思う。自分たちがお互いに憎み合っていたと言う過去はこれから先、絶対に消えることはないのだから。 だけど、いや、だからこそ 俺はこの人を出来るのならば幸せにしたいし、彼女がやりたいと思うことは全力で手助けをしたいと思った。 きっとかつての仲間たちに知られてしまったらものすごく怒られるだろう。もう仲間として認めてくれなくなるかもしれない。 でも、たとえそうなってでも、俺はこの世界にいる限り彼女の側にいたい。今では強くそう思っている。
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