安楽椅子の温もり

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そもそも、出会いからして奇妙だった。いまさらながらに思い返してみるとだが。 柄にもなくボクがあの骨董屋の前で立ち止まったのは、亡き祖母の葬儀で見かけたいずれかの御婦人が身につけていた帯留めがショーウィンドウーに飾られていたからだった。 ウチの祖母にだって、裕福な友人などいたはずもないんだ。祖父にだって。ウチの祖母はどちらかというと素朴で明るいのだけが取り柄のような女性で、だからこそご近所の多くの人が弔問に訪れてくれた。 そんな中で、幼いボクにも見分けがつくような高級な黒い着物でやって来て、日傘で顔を隠すようにして、しゃなりしゃなりと牛歩する年老いた御婦人があった。 召し物に負け劣ることのないであろうその顔つきよりも、高い値打ちであるに違いない帯留めをボクが覚えていたのは、祖父母が遺した借金を幼心にも気づいていたからかもしれない。 あれから約二〇年を経て、あのときの帯留めがいまこのように骨董屋の軒先に飾られているだなんて、立ち止まらずにはいられなかった。 店の奥から訝しげな視線が向けられようとも、ボクはあの老婦人に想いを馳せた。ウチの祖母とはどのような関係にあったのだろうかと想いを巡らしていたところ、背中越しに声をかけられた。 「やぁ、君もアレがお目当てかい?」 ギクリとしたボクが振り向いたときには、店員がガラス戸を引き、深々とお辞儀をしていた。 「おいでなさいませ、閣下。」 ボクはギクリとしたままの視線を閣下に向けた。 「アレは、遠慮してくれないか?」 閣下は店員に顔も耳も傾けず、その視線は帯留めに向けていた。 「どうゆう了見で?」 ボクは精一杯、平然を装って答えた。声が震えてしまったんじゃないかしらと心配になった。 「想い出の品なんだよ。」 そう言うと、閣下の視線はやっとお辞儀をしたままの店員に向けられた。 「ここじゃなんだから、今度ゆっくり話そう。○○喫茶店で、○月○日○時、いいね。」 そして閣下は、運転手が促すままに黒塗りのオートモービルで去って行った。
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