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「大変失礼をいたしました。」
店内からボクを訝しげに見ていた骨董屋の店員が、このボクに対してうやうやしい態度を見せた。
「まさかM侯爵のご友人とは。しかもあの○○喫茶店の常連様でいらっしゃるとは。」
「いやぁ、気にしないでいいよ。」
なんて調子のいいことを言いながら、喫茶店の所在だけでなく、閣下の素性までを店員から聞いてしまった。案外ボクは探偵の素養でも持ち合わせているのかもしれん。
ついでに帯留めの値段も聞いてみたところ、目玉が飛び出さないようにする努力を悟られないよう、眉毛の一つをちょっとも動かさずにいた。ボクにとっては逆立ちしたってというどころか、天変地異が起きたって手にすることのできない値段であった。世の中にそんな高価なものが存在することを知って、せめてこの眼を味わわせてやろうと、もうしばらくショーウィンドーの中を眺めていたくらいだ。
とはいえ、閣下にも、あの帯留めにも、喫茶店にもさほど興味があったわけではない。
ただ、閣下がボクのような者を相手に、どんな話を聞かせてくれるのかと思っただけだ。
けれど、閣下はやって来ない。
ボクがこの茶店に入ってから、すでに一時間は経とうというのではないだろうか。
安倍は閣下が時間にルーズなことまでボクに漏らしていた。カレも何度も泣かされたことがあるらしい。
ボクが立ち上がると給仕が迅速にやって来た。
「閣下はもうすぐいらっしゃいます。」
そう言って葉巻をもう一本勧めるのだった。
もう三〇分待ってやった。
だが、閣下は来ない。
いいだろ、もう。一時間半も待ってやったのに来ないんだ。そんな奴のためにこれ以上待つもんか。
少し考えた。
ボクが立ち上がると、あの給仕はまた止めに来るのだろうか。
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