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「なんでもいいよ。ひまりちゃんはクッキー作ったって」
「ふーん」
「ももちゃんは、ホットケーキ」
「ホットケーキ? それでもいいの?」
「うん、いいよ」
思っていたお菓子作りより、かなりハードルの低いもので安心した。
しかし、自分が料理から解放されるわけじゃない。
ホットケーキミックス粉なら、何かの為に買い置きがあったはずだと思い出し、安堵する。もしもケーキが作りたいだの、パンが作りたいだのと言われたら、スーパーまで自転車を飛ばさないといけないし、買い終えてから作らないといけない。
そんなこと、四十歳近い身体には体力的に無理に決まっている。
すぐに作れることをほのかに言うと、嬉しそうに目を細めて、小夜子の手をぎゅっと握ってきた。
「お母さん、すぐ作ろう」
小さな身体が、ソファを降りてぴょんぴょんと跳ねた。そんな仕草はまだまだ愛らしい。
「いいよ。じゃあ、ほのかは混ぜてね」
「はーい」
ふたりで台所に向かうと、ほのかは自分専用の踏み台に乗り、作業台を陣取った。
嬉しそうに鼻歌を歌う姿を見て、小夜子の気持ちまで嬉しくなる。
ホットケーキで鼻歌が出るなら、週末はいつだってふたりで作ろうか、そんなことが思い浮かぶほどだ。
雑多に物が詰め込まれた引き出しからホットケーキミックス粉を取り出すと、棚の奥に仕舞われたボールを取り出し、普段は滅多に使わない泡立て器を用意する。
冷蔵庫からは卵と牛乳を用意して、準備は完了だ。
箱を開けようとした途端、ほのかが手を出してきたが、すぐに取り上げて箱の封を開ける。
「ほのかは、混ぜる係。それまで見てて」
「はーい」
「後、いきなり手を出さないこと」
「はーい」
聞いているのかいないのか、よく分からないようなふわふわした返事が返ってくる。
でもその声が明らかに楽しそうなのは分かった。
小夜子がボールに粉、卵、牛乳を入れて混ぜようとすると、さっそくほのかが手を出してきた。
「ほのかっ。もう少し待ってて」
「だって混ぜる係だよっ」
真剣な眼差しの娘を前に、自分の過去にこんなことがあったろうかと記憶をたどる。
母親に意見し、同じ台所に立つ記憶は皆無だ。
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