美味しくなあれ

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 ほのかの思うように料理をして欲しい。  そう思うと、そっと泡立て器を小さな手に渡して、見守ることにする。  力加減どころか、見当違いなところを混ぜていてイライラしそうになった。  でも、ここで問答無用で怒ってはいけないのだ。 「美味しくなーれ。美味しくなーれ」  ほのかの呟きに小夜子ははっとした。 「それ言うと美味しくなるの?」 「そうだよ。お母さん知らないの?」 「うん。知らなかった」  冗談抜きで、本当に知らなかったと言ったら、ほのかは信じるだろうか。  美味しくなあれという言葉を言うと、料理も美味しくなる。  その単純なことを、親が知らないとはきっと思わないだろう。  分量が合っていれば美味しくなる。  味見をすれば大丈夫。  レシピ通りなら問題ない。  それを信じて疑わず、親からも何も教わったことなく生きてきたのだから。  ふっと、小夜子の頭に厳しい表情の母が蘇る。  ほのかよりももっと大きくなった、小学生のころに、料理の手伝いがしたいと言って台所に一緒に立ったら、『邪魔』『台所にはひとりで立ちたいの』と言われて追い出された。  母の料理の腕は家族の誰もが認めていたし、レシピ本を見なくても美味しい料理が作れる人だった。  でも、大人になっても母の隣に立つことはなく、決まって料理はひとりと決めている人。  小学生の頃に、小夜子がお菓子作りに没頭した時も母が手を貸すことはなかった。  だから、小夜子は『美味しくなあれ』という呪文を知らずに育ち、大勢だから楽しいとか、美味しいとか、そういうことに違和感を覚えてしまう。  ひとりでも上手く菓子は作れたし、美味しかったのだ。  その母も年をとり、他人の手を借りるくらいなら、惣菜を買う方がマシだと言って、スーパーの惣菜を口にする事が増えた。  ほのかが生まれて、誕生日のケーキも作ってくれ、お祝いとなると料理を振舞うことは欠かさない。  昔ほど口うるさくはなくなり、ほのかに子供用の包丁を買って、ババが教えると言い出すくらいだ。  小夜子が昔を思い出していると、ほのかが混ぜることに苦戦していた。 「代わるよ」 「うん。疲れちゃった」  小夜子がやると、一分とかからずに混ぜ合わさり、とろとろになる。
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