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「斉藤、中山の連絡先、あとでラインしとくなー」  背後から誰かがカズイを呼んで、カズイは振り返っておお、と返す。  捩じった首元。ワイシャツに隠されて見えないそこに何があるか思い出し、井川はカズイから目を逸らした。淡いグリーンのワンピースを着た女と連れがカズイと擦れ違い、連れの男がカズイを見て立ち止まった。 「あれ、おい、斉藤? 中で原田といずみちゃんが探してたぞ」 「え? ああ、うん──」  みんなカズイって呼ぶんじゃなかったのか。疑問が浮かんだと同時に人込みの一番向こうから「和伊!」と呼ぶ声がした。  カズイの顔が一瞬引き攣る。井川が声のしたほうに目を遣ると、井川と背格好がよく似たタキシードの男が、レストランの入り口に立っていた。 「和伊、お前どこ行くんだよ? 二次会来てくれるんだろ? いずみも──」  ぎこちなく振り返り、カズイは強張った笑顔で男に手を振った。 「原田、俺今日は帰るわ。今度ゆっくりお祝いしようぜ! いずみにも言っといてな」 「でも、和伊──」 「悪い、用事あるから」  嘘か。それとも自覚がないのか。  カズイ、と呼ばれて潤んだ瞳を思い出す。身代わりなんてご免だし、本人に自覚がないなら尚悪い。そう思ったのに、咄嗟にカズイの二の腕を掴んでいた。原田と呼ばれた男は井川の指に掴まれたカズイの腕から井川の指に視線を移し、自分に似た雰囲気の井川の顔に目を据えて、なんとも言えない表情を見せた。  そんな顔をするくらいなら、自分で掴めばよかったのだ。  多分二人が二人とも、思い至らなかったと、気づきもしなかったと言うのだろう。だったらそう思っていればいい。気付かないほどのものだったのだと思って忘れてしまえばいい。  自分には関係ないはずなのに猛烈に腹が立ち、自分で掴んだくせに振り払うように手を離した。 「用事って何だ」 「別に──」 「……俺んとこ来るか」  カズイは戸惑ったような、諦めたような顔をして、井川を見つめて頷いた。
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