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 借りた服をどうするか暫く悩んで、結局ビジネスバッグに突っ込んだ。住所は分かっているのだから、届けるなり預けるなりすればいいだろう。肩越しにベッドの上の膨らみに目をやって、結局そのまま部屋を出た。  カズイがシャワーから出てきたときには眠っていたから、あの男がどんな顔で床に転がる闖入者を眺めたのか、怒っていたのか気まずかっただけなのか、それは結局分からない。世の中には知らずに済むなら知らないほうがいいことだって山ほどある。ちっとも納得できないが納得したふりをして、井川は結局タクシーを捕まえ真っ直ぐ自分の部屋に戻った。  また数時間うとうとして、飯を食って、学生時代の友人に呼び出されて部屋を出た。来月結婚するというその男の未来の嫁は、近くの店で衣装合わせをしているらしい。時間潰しに呼び出された上散々のろけ話を聞かされて、結婚ラッシュだなとうっかり呟き、誰が結婚すんだとしつこく聞かれて辟易した。  そうして息子の父親みたいに彼女に会って二人と別れ、浮かない気持ちで歩いていたら名前を呼ばれた。都合のいい──いや悪いのか──偶然なんかそうそうあるわけないが、目の前に立っているそれは、偶然の塊みたいなものだった。 「なんでここにいんの」  カズイはほとんど昨日と同じに見えた。  スーツは黒っぽく、ネクタイはシルバーとアイボリーのストライプ。ビジネスバッグの代わりに紙袋を持っている。だが、違いはそれだけだ。昨日のように少し酔っ払った顔をして、カズイは井川の前に突っ立っていた。  カズイの背後には結婚式の招待客らしき人間がぞろぞろと連なっていた。彼らはレストランらしき建物から出てくるから、そこが会場だったのだろう。 「なんでって……人と会ってて」 「そっか」 「借りた服、クリーニングして返すから」 「え? ああ、いや、それはいいんだけど──」
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