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「スーツ、皺になったな」  井川は銜え煙草で和伊の着てきたスーツをハンガーに掛けながら、呑気に言った。幸い付着物はなかったものの──奇跡と言っていいと思う──上だけ着たまま一度目を終えたせいで、上着の背から裾は酷い皺になっていた。 「誰のせいだよ、馬鹿」 「俺とお前だ」  素っ気なく答え、下着一枚の井川はベッドに戻ってきて腰掛けた。特別鍛えてはいないらしいが、学生時代陸上部で、今もランニングが趣味だとかいう井川の身体は引き締まっている。  和伊に向けた背中も筋肉のかたちが明確で、人体の美しさとでもいうべきものがあった。和伊はそこに刻まれた瑕疵──いくつかの真新しい引っ掻き傷については気づかなかったことにして、足を伸ばして井川の腰のあたりを軽く蹴った。 「煙草くれ」 「ん」  井川が差し出して寄越したのは和伊のものではなかったが、この際ニコチンでさえあれば何でもいい。 「どうも」  和伊が一本銜え火を点ける間、井川は和伊の顔を見ていたが、和伊が目を向けるとさりげなく目を逸らした。  整った横顔。顔がそっくり、とは思わないが、骨格が似ている。身体は井川の方が筋肉質だろうが、やっぱり元の骨組みが似通っているから、着衣のシルエットはそっくりだった。  煙に紛らわせて溜息も吐き出し、和伊は紫煙を透かしてこっそり井川を眺めながら、井川に似た男とその妻に思いを馳せた。
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