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「……ハク?」
名前を呼びながら、恐る恐るハクの頭に手を伸ばす。
ここ数年触れていなかったハクの、シルクみたいな毛並み。僕が家を出てからというもの、撫でようとするといつもハクに逃げられていた。でも、今のハクには逃げる元気もないだろう。
――だから、本当に僕が撫でていいものか……撫でた瞬間にハクが逝ってしまうんじゃないか……そんな思いが僕の中に渦巻いてしまっていた。
でも――。
『キューン』
弱々しい、本当に弱々しい鳴き声を上げて、ハクの顔がほんの少しだけ動いた。
そして撫でる寸前で止まった僕の手の方に鼻を向け、数回匂いをかぐような仕草をすると……今度は喉をゴロゴロと鳴らし始めたのだ。
「あはは、ほら、『早く撫でろ』ってさ」
その様子を見ていた父が、泣き笑いのような表情で僕にハクを撫でるよう促す。
だから僕は、ようやく――そっとハクの頭を撫でた。
柔らかくてモフモフで、でもツヤツヤもしていて……世界中のどんな上等な毛皮を集めたってかなわない、ハクの極上の毛並みが、そこにあった。
ハクの温もりが、そこにあった。
ハクは再び匂いをかぐような仕草をすると、満足げに更にゴロゴロを強くした。「もっと撫でろ」という意味だ。
「あらあら、なんて嬉しそうなゴロゴロ……! 本当に、あんたら二人は仲良しだねぇ……」
鼻をすすりながら呟いた母のその言葉に、僕はハクに忘れられていなかったことを悟り、自然と涙をこぼしていた――。
――ハクが息を引き取ったのは、その数時間後のことだった。
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