アブラトリ

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「じゃぁ…先生が先に行って確認するから、お前たちはここで待ってなさい」 「え………? 先生、大丈夫………?」 先生は一瞬躊躇したが、僕たちを残して河川敷に降りて行った。川から吹き込む冷たい風に身体を固くしているのか、先生には見えていない得体の知れないなにかに近づくことに緊張しているのかわからなかったが、ぎこちなく歩いていく後ろ姿を黙って見ていた。そしてまっすぐ橋の下へと向かって歩いていくと、モヤモヤしたなにかのすぐ手前まで行った。 僕たちは慌てて先生に聞こえるように大声をあげた。誰もがそのまま歩いて行ったら先生が危険だと思い、悲鳴にも近い大声をあげながらみんなで激しく手を振った。 「先生! ストップ! 先生の目の前にいるよ! ブヨブヨしたやつ!」 先生は驚いて立ち止り、周りを見回していたが何も見えない様子でこっちに向かって手を振った。先生は近くに落ちていた棒を拾い上げると、振り回して周りを確認した。 そしてキョロキョロしながら一歩前に進んだ瞬間、先生が突然片膝をついた。頭を押さえるような素振りを見せたかと思うと、すぐに立ち上がり僕たちのほうを見て手を振りながら駆け足で戻ってきた。 「先生、大丈夫かな…?」 最初はゆっくりと駆け足だった先生が、近づくにしたがって、ものすごいスピードで戻ってくることに胸の奥がざわついた。どうやらみんな同じ不安を感じていたようで、先生がどんどんスピードを上げて、走って戻ってくる姿を見て僕たちは一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。 それは事前に打ち合わせをしたわけでもなく、声を掛けあったわけでもなく、先生が見たこともないような満面の笑顔で僕たちに向かって走ってきた瞬間に全員が「ヤバイ!」と感じとった。 1年生もすぐに先生の異変を察し、なにも言わなくてもほぼ同じタイミングで逃げ出した。 先生は逃げ惑う僕たちを笑顔で追いかけた。追いかけながら口から「イヒイヒ…イヒイヒヒ…イヒイヒイヒヒヒ…」と変な笑い声を出していた。 先生の手には黒っぽい鉄の棒が握られ、その先には透明ななにかが薄らとまとわりついていた。
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