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プロローグ
2020年 8月
新国立競技場は早朝とは思えない賑わいを見せている。
東京オリンピック女子マラソン決勝の開始があと数分と迫っていたからだ。競技場の観客席には多種多様な国旗が楽しそうに翻っている。選手たちを包む競技場の空気は早くも熱気に包まれ、湿った暖かさがこれから先の気温の上昇を予感させた。
各国の代表選手たちも『夏の東京の気候』が自らのコンディションに与える影響を計算し、
硬い表情を見せている。
新城咲那(しんじょうさな)は自分が走るわけではないのに手に汗を握るほど緊張していた。
今年、中学3年生で、来年高校進学を控える咲那は陸上部に在籍している。高校進学後ももちろん陸上を続けるつもりだ。そして今、スタートの時を待っているランナーたち・・・。
女子マラソンはかつての栄光を取り戻すことが出来るのか、かつて4大会連続でメダルをもたらした黄金時代があった。
東京の地で開催されるオリンピック・・・・今大会にはその黄金時代の復活を期待されている選手がいる。咲那の憧れの選手だ。
母と弟が戻って来た。母もいつになく真剣な顔つきで画面上に映し出された彼女を見つめていた。
(彼女なら・・・きっと)
金メダル筆頭のエチオピア代表"女帝"エルザ・ワンジク、去年の世界陸上を制したエチオピア代表ジレン、まだ21歳の新星バーレーン代表ロラン・ジェシドはエルザ・ワンジクを去年の北海道マラソンで破っている。そんな世界の女子マラソントップ選手がスタートラインへゆっくりと歩を進める。
日の丸を背負ってスタートラインへ立った彼女を咲那は誰よりも美しいと思った。
彼女は前だけをただまっすぐに見定めていた。
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