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仕事を終えた絵美子は、自宅とは逆方向へ早歩きで歩を進める。700mほど進んだ十字路を右にまがったところにある、3階建ての可愛らしいワンルームマンションの入り口で立ち止まった。
インターホンを押すと、すぐにオートロックは解除された。絵美子はそのまま3階まで階段を使ってのぼり、301号室のインターホンを押す。
ガチャ
扉が開くと、眼鏡をかけた小柄な女性が優しさあふれる笑顔で絵美子を迎えてくれた。その両手にはすやすやと眠る理子が抱きかかえられていた。
高校の陸上部の顧問であった新谷愛奈教諭と偶然再会したのは、今年の夏だった。理子を抱いたまま下を向いて歯を食いしばりながら、近くのスーパーの袋を3つぶら下げて家にかえるところで新谷教諭に声を掛けられたのだ。
「夏月さんよね?」
「・・・・新谷先生?」
お互い一瞬沈黙したが、すぐに思い出した。
「新谷先生!お久しぶりです!」
絵美子は重い荷物の存在を一瞬だけ忘れて、笑顔で新谷教諭に向き直った。理子を妊娠してから友人ともろくに会う機会がなかったので、新谷教諭との予想外の再開は思った以上に嬉しく感じた。
「やっぱり夏月さんだ。あ、あの、その子は?!」
新谷教諭も嬉しそうにはにかんでいた。その後に驚いた表情になったのは理子の存在に気が付いたからであろう。何といっても絵美子はまだ20歳なのだ。同年代のほとんどが専門学生か大学生だ。
「あたしの子ですよ」絵美子はにっこりと笑った。
「・・・すっごい!うそ、もう・・・うわ、かわいい」
驚いた様子であったが新谷教諭はすぐに理子の虜になってしまったようで、赤ちゃん言葉で理子に話しかけていた。
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