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みるみるうちに離れてゆくその選手の背中を見つめながら、ポッキリと絵美子の心の中で何かが折れる音が聞こえた。
絵美子は深く項垂れたまま顔を上げることが出来なかった。
完全に体力を使い尽くした状態で、気力までが一気に持っていかれてしまった。絵美子は最終周でその他の選手全員に抜かれ、最下位でレースを終えた。
他の部員や新谷教諭は、必死に絵美子を慰めてくれた。しかし、絵美子の中には悔しさの感情はなかった。涙も出なかった。絵美子はゆっくりと顔を上げた。その視線の先に予選1組をぶっちぎりの首位で通過したあの選手、東京新悦学園の冬童史奈(とうどうふみな)をおぼろげにとらえていた。
2学期が始まってすぐに絵美子は退部届を提出した。新谷や部員は皆思いとどまるよう懇願したが、絵美子の決意は固かった。
インターハイ優勝、大学で駅伝を走り、実業団に入りオリンピックを目指す・・・そんな絵美子の夢は本当に儚い夢だった・・・そう気が付かされた。
絵美子の脳裏に冬童史奈の完璧ともいえる肉体と、ライオンから楽々と逃げ切るガゼルのようなしなやかな走りが焼き付いていた。次元が違う走りだった。悔しさすら感じさせない圧倒的な差だった。
(自分が唯の凡人だったと思い知らされた・・・きっとオリンピックの代表になれるようなランナーは 冬童史奈選手のような人間だけ・・・選ばれた人間だけなんだ)
絵美子は17歳という、まだまだやり直しの利く年齢で己の無力を気が付かせてくれた冬童史奈に感謝した。
「これで進路がはっきりした」絵美子の陸上選手への道はここで終わった。
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