憂鬱な日常

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「ただいまあ」  誰に向けるでもない言葉は、真っ暗な廊下の先に吸い込まれていく。  ドアを閉め、鍵をかけて、暗闇に小さく自己主張している赤く光るスイッチを押す。玄関がパッと明るくなる。やっとこの家に明かりが灯った。  玄関でブーツを脱ぎ、コートを着たままリビングに向かう。  暗いリビングにも明かりを灯す。  ソファーに向かい、コートを着たまま腰を下ろし背を預ける。  はあ……。いつものようにため息一つ。  目の前のテーブルのリモコンを手に取り、エアコンをつける。低いモーター音が静かに響く。温かくなるまでは何もする気がおきない。  目をつむり、その間考えごとをする。これもいつもの日課のようになってしまった。  今日、ランチを共にした小百合のことが頭に浮かんだ。  新卒で入った同期の小百合は、八年前に寿退社をして、今や五歳の女の子と三歳の男の子の母親だ。初めて会った頃よりもふっくらとはしたけど、顔艶は良く、安心感もある。結婚はわたしの方が二年先だったが、小百合は結婚を機に、何の躊躇いもなく会社を辞めた。それでも付き合いは続いていて、タイミングが合えば、今日のようにランチを一緒にする仲だ。  会うたびに小百合は、会社に残ったわたしを羨ましいと言う。旦那の世話と子育てで、女として終わってるといつも嘆く。「それに比べて貴之さんは手が掛からなくていいわね」と、これも口癖だ。  貴之は確かに手が掛からない。自分のことは自分で何でもできる。家事全般に対しても、わたしよりも上手くこなす。 家政婦のようだと愚痴る小百合には、理想の旦那に写るらしい。隣の芝はなんとやらじゃないけど、わたしは小百合が羨ましく思える。愚痴ですんでるのは、そこにまだ温かさがあるからだ。本当に冷えきったら、きっとわたしのように愚痴すら出ないはずだ。 残るのは、諦めに慣れることだけだ。
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