第一章 「鬼猫来る」

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 大和は無意識に息を止めていたことに気がつく。あれ、呼吸ってどうしたらいいのだろうか。ふとそんな意識に囚われる。まずい、このままだと窒息死だ。早く息をしろ。ドクンドクンと心臓の鼓動を早めていく。こんな形で自分は死ぬのか。そう思ったのだが、誰かに背中をドンと押された衝撃で肺に一気に酸素が入り込んできた。吸い込んだ息をゆっくり吐き出して安堵する。  助かった。  安堵したのも束の間、手に力が入らないことに気がついた。いや、手だけじゃない身体全体に力が入らない。  力士に精気を奪われてしまったのだろうか。膝に手を置き項垂れた。身体が重い。そこへ小人が股下を小走りで走り抜けていった。今のは……大黒様か。小さい姿だが確かに大黒様の格好をしていた。間違いなく目も合った。  いったい、何が起きている。  心臓の鼓動が再び早まり気持ち悪さが込み上げてきた。目の錯覚ではない。間違いなく、巨漢の力士に小さな大黒様が通り過ぎていった。そうなると赤茶トラ猫ももしかして……。  ずっと立ち止まっている自分のことが邪魔なのだろう。通行人がチラチラと目を向けてくる。小声で文句を投げつける人もいた。  確かに通行の邪魔だ。大和は柱のところに移動をして息を吐く。落ち着け、大丈夫だ。ただの幽霊だ。いつもと変わりはない。悪意を感じなかっただろう。ただ急いでいるようだった。なぜだろう。きっと幽霊にも何か用事があるのだろう。そうだ、そういうことだってある。  本当にそんなことがあるのか。幽霊に急用なんてあるのか。自分はやっぱり異世界に迷い込んだのかもしれない。大和はあたりに目を向けた。  改札口が目に留まる。売店もある。行き交う人たちが目の前を通り過ぎていく。ここは見知った場所だ。異世界ではない。大丈夫だ。
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