第一章 「鬼猫来る」

12/47
前へ
/157ページ
次へ
 あっ、石像にヒビが入っている。いや、これはもともとあったかもしれない。やっぱりおかしい。力士の気配も感じられない。みんなどこへ行ってしまったのだろう。  いつも思うことだけど、この力士の名前は難しくて読めない。鬼猫はなんて言っていただろうか。愛莉は頭の片隅にある記憶を引っ張り出そうと必死になった。そうだ、『たぎまのけはや』だ。石像にある文字を見てもそうは読めない。『当麻蹴速』という文字をじっとみつめる。  愛莉は首を傾げて、記憶が合っているのか不安になった。この力士は蹴り殺されたって話だった。本当にそんなことがあったとは思いたくはない。昔の相撲は今の相撲とは違っていたなんて話も聞いた。生きるか死ぬかの戦いだったらしい。  ああ、嫌だ。考えたくない。無理やり戦わせたって話だけど、そんなの相撲でもなんでもない。そんなのが相撲のはじまりだなんて。相手の力士の名前も難しくて思い出せない。  ああ、もう頭が痛くなってきた。鬼猫の話はときどき難しくて。けど、聞きたくなってしまう。  鬼猫の話を聞くとその場に自分もいた気がしてくるから不思議だ。まだ子供なのに大人の感覚になっていく気もした。祖父は前世の記憶が残っているのだろうって話すけど、そうなのだろうか。 『おまえは子供らしくない』って言われるのはそのせいだろうか。子供か。昔だったら結婚していてもおかしくはない年齢だと鬼猫は話していた。ふとそんなことを思い出して小さく息を吐く。昔だったら大人なのかと思うと不思議な感覚になった。  時々、自分なのに自分じゃないみたいな気分になってくるときがある。それってやっぱり前世の記憶が関係しているのだろうか。  そういえば祖父は変なことを口にしていた。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加