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愛莉は溜め息を漏らして、一旦家に戻るしかないと歩き出したそのとき、なにか違和感を覚えた。なんだろう。あたりに目を向けて御神木の傍にある囲いに目を留めた。いつもなら感じるパワーが弱まっている。
囲いの中には鎮石がある。怨霊を封印してあるなんて逸話もある石だ。愛莉は急いで駆け寄り囲いの中を覗き込んだ。鎮石が真っ二つに割れていた。注連縄も落ちている。
そんな……。これってかなり危機的状況じゃない。
突然、木々が騒めき始めて冷たい風が唸り声をあげる。
寒い、真冬になってしまったみたい。春なのに。おかしい、なんだかおかしい。誰かに睨まれているみたい。けど、誰もいない。木々が悲鳴をあげている。
やめて、やめて、やめて。
寒い。凍えてしまいそう。
風の唸り声が強まっていき、愛莉は耳を塞いだ。怖気が全身を襲う。
何か悪い者がここにはいる。鎮石が割れてしまったからだろうか。
「鬼は皆殺しだ」
えっ、なに。
愛莉は空を見上げた。睨みつける男の顔が空一杯に映り込んですぐに消え去った。同時にあたたかな日差しが入り込み空気が清浄に変わった。身体の冷えが和らいでいく。よかった、もとに戻った。
安堵したものの愛莉はさっき耳にした『鬼は皆殺しだ』との言葉が蘇り背筋に悪寒が走った。自分も殺されるのかも。そう思ったら胸の奥がゾワリとした。
ここはもう守られていないのだろうか。一瞬、そう感じたがまだ神域を保っているように思われた。早いところなんとかしなくてはいけない。自分に何ができるかわからないけど、鬼猫を探して元通りの場所にしなくては。音場家の人間としての責務がある。
愛莉は割れた鎮石に目を向けると、急いで小山を駆け下りていく。なんとなく鬼猫がいなくなった原因がわかった気がした。
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