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「けれど左門さんはあなたの提示した対価が軽いと言いました。それはあなたの命が、それだけ重いということでです……ですよね、左門さん?」
「ああ、命に代わる対価など滅多にない。特殊な力を持っている植物ならば枯れても価値はあるが、命には到底釣り合わん」
ようやくあの夜のやり取りが理解できた。
自分の命を粗末に扱おうとしたヤドリギさんに、左門さんは怒ったんだろう。
「だったら、どうすれば――!」
「……もういいのですよ」
「よくない!」
諭すように優しい声で語り掛ける時雨さんに、ヤドリギさんは癇癪を起した子供みたいに頭を振って掴みかかる。
「言ってたじゃないか時雨!主や人に囲まれて暮らしていた日々の楽しさを!でも私が縛り付けている限り、時雨はずっと独りだ。だから…!」
「――独りではありませんよ。貴方がいてくれるではないですか」
「……わたし……?」
戸惑うヤドリギさんに微笑みかけて、時雨さんは言葉を続けた。
「封じられたばかりの頃は、過去を思い出し辛くなる事もありました。けれどこのヤドリギが育ち、貴方が生まれ……貴方と二人で過ごす時間は、いつしか私にとってかけがえのないものになっていたんです。貴方が笑えば嬉しさが生まれ、私を雨粒から守ろうと天に両手を差し伸べる姿を見れば愛しさが生まれる」
優しい声に優しい瞳。
時雨さんの人形の手が伸びて、ヤドリギさんの頬を包む。
「私は、このぬくもりがあればいい」
誰も何も発しないまま、暫し静寂が続く。
時雨さんの言葉は、想いは届いただろうか。
固唾を飲んで見守っていた私は、黒髪から覗くヤドリギさんの耳がじわじわと赤く染まっていくのを見て、ほっと息をつく。
「……時雨、人形だから熱いとか寒いとか分かんないだろ」
ようやく絞り出されたヤドリギさんの反論に、時雨さんは吹き出した。
「これは手厳しいですね」
「うるさい」
むくれたように呟くと、ヤドリギさんは時雨さんの肩口にぐりぐりと頭を押し付けてしがみ付く。
まるで子供みたいな甘え方。時雨さんは愛しげに微笑むと、彼女の背中を優しく撫でた。
「生きてください。貴方が傍にいてくれるから、私は生きていけるのですから」
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