暖かい手

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どれくらいの間そうしていただろう。 「……諦めないからな」 お客さんは低く呟くと、右門さんの差し出すバスタオルにも目をくれずにお店の外に飛び出していった。 後に残るのは、静まり返った店内に響く雨音だけ。 「左門、もう少し柔らかい言い方でも良かったんじゃないかな?」 「自分の価値も分からん者につける薬などないだろう」 凍り付いた空気を解すように、右門さんの柔らかい声が広がっていく。けれど返ってくる左門さんの声はどこか頑なだ。 「それはそうかもしれないけれど……ね、小春が怖がっているから」 「へぇっ?」 唐突に話題を振られて素っ頓狂な声が出てしまう。 「左門が怖いからこっちに来られないみだいだよ」 「え、これはその…!」 今になって物陰から覗くような格好になっている自分に気付く。 これは雰囲気に圧倒されていただけなのだけれど、左門さんは右門さんの言葉を額面通りに受け取ったらしい。ずんずんと私に近づくと、わしわしっと頭を撫でてくる。 「すまんかったな、チビ春」 「いえ、大丈夫です。あと小春です……」 左門さんは何故か私を「小春」じゃなくて「チビ春」と呼ぶ。 今日もめげずに訂正してみるけれど、果たして直る日はくるんだろうか。 「さて、今日はもう店じまいをしようか」 「そうするか。その前に床を拭かねばな…」 「あ、私モップ持ってきます!」 二人に告げてから、私はモップを取りに身を翻す。 あのお客さんはこれからどうするんだろう。諦めないといったけれど、左門さんの反応を見るに今後引き受ける可能性は低い気がする。 結局、願いは何だったんだろう。「枯れたい」って、どういう意味なんだろう。 左門さんを睨みつけたあの瞳が、いつまでも脳裏に残った。
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